1300年の歴史がある美濃和紙の産地・岐阜県美濃市に、和紙でできた衣料品を扱う店がある。品ぞろえは靴下やタオル、シャツ、帽子と様々。社長の市原慶子さん(65)は「紙なので洗うと溶けるというイメージがあるかも知れませんが、何度でも洗濯機で洗えます」。なぜ、紙で作れるのか。
和紙を細く切ってよった糸を、織ったり編んだりする。その過程で、独自の加工剤を加えることで、紙の「水に弱い」「耐久性がない」などの弱点を克服したのだという。
和紙を作る時にできる細かな隙間が衣料品に向いているという。「隙間に水分を取り込むので、汗をかいてもべたつかずにサラッとしている」という。「今は珍しいかもしれないが、100年後にはスタンダードになっているかも」
実家は和紙問屋だったが、和紙を仕事にしようとは思わず、福祉の道に進んだ。転機は、ある財団の奨学生に選ばれ、福祉や教育を学ぶために30代でアメリカに留学したことだった。
集会などで、しばしば日本についてスピーチをする機会があった。その時、聴衆に一番受けたのが和紙の話だった。「『私の地元には1300年続く和紙があります』と言ったら、みんなびっくりしてものすごく食いついてきた」
聴衆の中に学長がいて「1300年の歴史は素晴らしい。和紙の仕事をするべきだ」と説かれた。「それまで身近すぎて、歴史がすごいということに気づかなかった。次の時代に和紙をつなぐ仕事をするのが自分の使命なのでは、と思うようになった」
帰国後、再び福祉の仕事をした後、1993年にトラディショナル・ジャパニーズ・ペーパーの頭文字をとった「TJPコーポレーション」を立ち上げた。 和紙を未来につなげるためには、時代にマッチした商品作りが不可欠。市原さんが着目したのは、昔から日本人が使ってきた「紙衣」という和紙の服。これを発展させ、現代の人間が日常で着られる衣料品ができないか。「美濃市は紙の町、岐阜市は繊維の町。多くの専門の職人さんに力を借りてここまでやってきた」という。
天然素材である和紙の性質を生かし、肌のトラブルを抱えている人など、医療の現場で使えるような商品の開発も模索している。
市原さんは「美濃和紙が1300年続いてきたのは、時代、時代で人々に必要とされるものを作ってきたからこそだと思う。1300年の歴史の一コマになれるような、現代のニーズにあった和紙製品を作っていきたい」と力を込めた。(山野拓郎)