風疹の流行が続いている。国立感染症研究所の23日の発表によると、直近1週間(8~14日)の患者数は141人で、6週連続で100人を超えている。また、今年に入ってからの累計患者数は1289人で、昨年1年間の患者数(93人)の約14倍になった。
18年生きた娘、枕元に残したメモ 母誓う「風疹撲滅」
この流行の推移を、身を切られるような思いで見つめている人たちがいる。
「私さえ風疹にかからなければ、娘を亡くすことはなかった。風疹はワクチンで防げる病気なんです。どうか予防接種に行ってください」
9月末、千葉県習志野市で開かれた、予防接種に関する知識を学ぶ市民セミナー。岐阜市から出向いた可児佳代さん(64)が、マイクを握り訴えていた。
可児さんは、長女の妙子さんを妊娠していた1982年、風疹にかかった。
風疹の症状はリンパ節の腫れや発熱、発疹などで、症状が全く出ない人がいたり、軽い人では風邪との区別が難しかったりする。ただ妊娠20週ごろまでの妊婦が風疹に感染すると、胎児の目や耳、心臓に障害が残る可能性がある。「先天性風疹症候群(CRS)」だ。妙子さんにも、生後すぐから難聴や心疾患などが見つかった。そして、2001年、18歳の若さでこの世を去った。
「母親の不注意」と冷たい目で見られることもあり、自身を責める日々が続いた。
転機になったのは、前回風疹が流行した13年。たまたま見たテレビ番組で、妙子さんが生きていれば同い年だった妊婦が風疹にかかり、障害がある子どもが生まれたことを知った。自身が経験したつらさを、娘の世代にも引き継がせてしまったと、大きなショックを受けた。
その後、知人を通じてこの母親と連絡を取り、「風疹をなくそうの会」を共同で立ち上げた。
反響は大きく、会の活動には、現在約十数人が関わる。
埼玉県の30代の女性は、12年の妊娠中に風疹にかかり、次男(5)に難聴の障害が出た。「私がきちんと知らなかったせいだ」。家族や知人は「あなたのせいじゃない」と支えてくれたが、それでも自分を責めていた。
しかし、会で思いを打ち明けるうち、当事者だからこそ強く感じる、「繰り返してはいけない」という決意を訴えたいと思い始めた。SNSを通じて情報発信したり、講演会を行ったりする会の活動を支える。
5年前に発足した会の目標は、「次の流行を起こさせず、20年までに風疹患者をなくすこと」だった。流行自体を止めることはできなかったが、患者数は、流行初年より2年目にさらに増える傾向があり、可児さんたちに下を向いている暇はない。
「これからの感染拡大をいかに抑えるか、まさに今が踏ん張りどきです」
接種は90年4月2日以降の生まれ
国立感染症研究所(感染研)によると、母親が風疹にかかった時期が妊娠初期であるほど、子どもに障害が出る可能性が高く、その確率は妊娠1カ月なら50%以上、2カ月では約35%になる。
前回の12~13年の流行では、1万6千人以上が感染し、報告されているだけで45人の赤ちゃんがCRSと診断された。このうち11人が亡くなっている。
風疹の予防には、体内に十分な抗体ができるとされる2回のワクチン接種が理想的だが、国の定期接種で男女ともに2回の接種ができているのは、90年4月2日以降に生まれた人たち。これより年上の人は、感染の危険が高い可能性がある。
現在、患者数の多くを占める30~50代の男性は、抗体の保有率が特に低い年代とされ、少なくとも5人に1人は抗体がない。風疹はインフルエンザよりも感染力が強く、1人がかかると5~7人にうつるとされる。職場や通勤中の電車などにウイルスを持ち込み、周囲へ感染を広げてしまうケースも多い。
厚生労働省は、来年度から30~50代の男性を中心にした抗体検査費用を無料にする方針を明らかにした。
感染研感染症疫学センターの多屋馨子(けいこ)・第三室長は、風疹にかかったと思っている人でも、実は症状の似た別の感染症だったというケースも多く、抗体検査を受けることは重要とする。「防げる感染症なのに、これまで何度も流行を繰り返してきた。妊婦や周りの人が注意をするだけではなく、企業が社員に向けた対策を行うなど、社会全体で『風疹をなくそう』という取り組みを進めることが欠かせない」と話す。
感染研によると、今年の患者は関東地方を中心に増えており、東京都は432人、千葉県234人、神奈川県163人、埼玉県90人の順に多い。
風疹はウイルス性の感染症で、くしゃみやせきなどのしぶきでうつる。症状が軽い場合は患者本人も風疹とは気付かないまま、感染を広げてしまうことが少なくない。(中井なつみ)