近畿大学水産研究所(白浜町)が、世界で初めてクロマグロの完全養殖に成功して16年。「近大マグロ」として出荷され、商品化も進んでいる。しかし、完全養殖にはいまだ様々な課題があるという。
同研究所は20日、「クロマグロ養殖研究の最前線」と題した公開講座を大島実験場がある串本町で開いた。町民ら約120人が参加。沢田好史・大島実験場長が「漁獲漁業と違って持続可能であり、養殖体験観光などで地元貢献もできる。資源管理の専門知識をもったグローバルに活躍できる人材の育成にもつながる」と完全養殖に取り組む意義を語った。
陸上水槽で卵から稚魚まで育てる過程での課題について、倉田道雄・場長補佐(種苗生産学)が解説した。
この過程での生き残り率は10%以下と、マダイの60%と比べて極めて低い。倉田さんは孵化(ふか)直後の赤ちゃんの死因として、水槽の表面張力に引っ張られて動けなくなる「浮上死」と、夜間に泳ぎを止めて沈み、底面と接触して傷つく「沈降死」の二つを指摘。そのうえで、浮上死の原因の表面張力をなくすために油膜を張ると、その膜で赤ちゃんが浮袋を成長させるための空気を取り込めず、沈降死してしまうなど、両方を一挙に解決するのは難しいことを明かした。
本領智記・技術員(水産増殖学)は、稚魚を海上のいけすに移してからの課題を説明した。
クロマグロは他魚種より暗い所での目の見え方が悪く、いけすにぶつかる「衝突死」のリスクがある。そのため、いけすには夜間も周囲の環境に影響を及ぼさない範囲で照明をつけて対処しているという。もう一つの死因に、木の枝や発泡スチロール片、プラスチックなどの浮遊物を食べてしまう「誤飲」があるが、こちらはいけすに防除ネットを設置しても効果がなく、「現時点で抜本的な対策はない」と打ち明けた。こうした誤飲はマダイやカンパチなどの養殖では発生せず、なぜクロマグロだけに起きるのか原因はわかっていないという。(東孝司)