ピザを焼き上げる自動販売機が、広島市西区にある。イタリアから輸入し、国内ではまだ1台だけ。そのユニークさから行列ができるほどの人気だ。ビジネス展開を思いついた男性の原点には、度重なる不景気で辛酸をなめた「ロスジェネ世代」の気概があった。
住宅街にある「TSUTAYA楠木店」の敷地内に、ピザ自販機はある。チーズの溶けたピザの写真がプリントされ、イタリアらしい白、赤、緑のデザインが目を引く。
メニューは「マルゲリータ(980円)」と「4種チーズ(1280円)」の二つ。冷凍ピザを約5分かけて焼き上げる。焦げ目がついた熱々の生地に、とろっと溶けたチーズ。口に運ぶと、思わず「あちち」と声が出る。まごうことなき焼きたてだ。
日本自動販売システム機械工業会によると、電子レンジで温めるピザ自販機は国内にあるが、焼き上げるものは初という。設置したのは、広島市中区の「イーライン」。元々、物流事業を手がけてきた。ピザ自販機の導入は、かつてトラック運転手として働いた社長、谷口佳陽(よしはる)さん(43)の経験が原点にある。
「衝動に駆られてピザが食べたくなっても、仕事が終わるのが遅くて。宅配のお店も閉まっていて、食べられなかったんです」
自販機なら、いつでも熱々のピザが食べられる。そう考えて調べたところ、行き着いたのがイタリア製のもの。「輸入したら商機になるのでは」と思いついた。9年前、現地の会社にメールで連絡を取ったが、思うようにいかない。それならば、と単身イタリアに飛んだ。
別の会社と交渉を重ね、去年、ようやく輸入できた。タッチパネルを日本語に変え、気候が異なる国内でもスムーズに使えるよう、湿度対策で部品も交換した。
ピザを作る会社も、イタリア各地をレンタカーで回って探した。ソースにコクを加えたり、スパイスのオレガノを少なめにしたりと味付けもアレンジ。塩はグラム単位で調整した。「イタリアの水で育った小麦の粉を使わないと、本格的な味は出せない。コストパフォーマンスは、ぎりぎりまで追求した」
今年7月に設置すると、SNSやテレビなどで広がり人気を呼んだ。ただ、毎日のように故障し、その都度、修理に飛び回った。
谷口さんは既に「次」を見据えている。
大学卒業後、転職を経て運送業界へ。時は不景気の真っ最中。30代前半にはリーマン・ショックが起きた。景気悪化で削られるのが物流コストだ。荷主から「安い方がええ」と言われ、突然、キャンセルされることもあった。荷物を運ぶという仕事柄、受け身にならざるを得ない。
「イニシアチブを握る仕事をしなければ」。こう考えて始めたのが、ピザ自販機事業だった。いま、国産のピザ自販機の開発に着手している。ゆくゆくは全国展開も目指す。「宅配チェーン店がない地域の人にも時間を問わず本格的なピザを手軽に楽しんでほしい」(松崎敏朗)