東京・八丈島に、和歌山県民の感謝の気持ちを伝える石碑が建った。126年前、和歌山の漁師が遭難したとき、島民が助けてくれたことに対する思いを形にした。地元でもあまり知られていなかった出来事を元教師が調べ、漁師の子孫らが「後世に伝わるきっかけに」と建立に走り回った。
本州最南端の和歌山県・潮岬から東へ約370キロ。八丈島西部の海を見下ろす高台に10月、玄武岩製の三つの石碑(高さ約1・4メートル~約2・2メートル)が並んだ。中央に「和歌山県民感謝の碑」と刻まれ、右側に事故の概要が、左側の碑には漁師が島への感謝を伝える歌「紀州舟」が記された。
♪神かほとけか島人は
親切かいほうきげんして
二百あまりの人々は
命のおやとふしおがむ
わがばっそん(末孫)よこの恩を
かたりつたえよいつまでも
なさけの島をわすれるな
ただ、この出来事や歌は、漁師の地元・和歌山でも長く知られていなかった。光をあてたのは和歌山県田辺市の元中学校教師吹揚(ふきあげ)克之さん(77)だ。市内の龍泉寺で、事故直後に建ったとみられる石碑を見たのをきっかけに、当時の新聞記事や旧田辺町誌などを調べ、2016年、冊子にまとめた。
吹揚さんが調べた遭難事故の概…