これから冬を耐え忍ぶ木々は葉を落としている。果樹園の景色は寒々しい。だが、ここは90年近く、一族が果物に傾けてきた情熱で満ちている。
収穫期は甘い香りが漂うのだろう。暑い季節、葉の茂る梨棚の下が涼しい遊び場になりそうだ。
幼かった彼女の姿を想像した。アルプスの少女ハイジみたいに駆け回ったの?
「果樹園であまり遊ばなかったし、遊んでも面白くなかった。小さいころは、梨が嫌いでした」
福島県須賀川市にある「渡辺果樹園」の長女、渡辺瑠奈さん(18)は笑った。幼いころ、家族の主役は自分ではなく梨だと思っていた。
昨年末、渡辺果樹園は高級洋梨「ル・レクチェ」の出荷の追い込みに入っていた。新年は7日が仕事始め。「ほかにまとまった休みは、収穫したル・レクチェを追熟(ついじゅく)させる10月の2週間ぐらいです」。果樹園の代表で瑠奈さんの父喜則さん(41)が言った。
喜則さんが果樹園の4代目として就農したのは2000年4月。瑠奈さんが生まれる4カ月前だ。
喜則さんは変革に挑んだ。農家を「継ぐ」のではなく、「就職した」という意識を持った。家族経営のなれ合いをなくすためだ。
両親だけでなく、自らの家族のために収入を増やさなければならない。農地を買い増して倍以上にした。
一方で、栽培する和梨を6種類から4種類に減らした。ビジネスで言う「選択と集中」だ。品種を絞り、より手間をかけて栽培することで、さらにおいしい果物を提供しようと考えた。
品質や労働環境の向上にも努めた。16年6月に農林水産大臣賞を受賞したほどだ。喜則さんは「胸を張って梨を売るため、努力は欠かしません」と言う。ただ、瑠奈さんには響いていなかった。
「溺愛(できあい)したんです…