インフルエンザが流行している。予防対策といえば、まずはワクチンの接種。実は、このワクチンには「山形」の名が刻まれ、世界中で使われている。なぜ、山形なのか――。
インフルエンザなど感染症の研究をする山形県衛生研究所(山形市)。水田克巳所長は、ワクチンの箱に記された「山形系統」という文字を見せてくれた。
「『Yamagata』は、ウイルス学の世界ではとても有名なんです」
それは、今から31年前のこと――。
「おかしい」
インフルエンザウイルスの分析結果をノートに書き留めていた、当時研究所の研究員だった大山忍さん(74)は、異変に気づき、鉛筆を握った手をとめた。
1988年1月。数日前、市内の病院にかかった3歳児から検出された、B型インフルエンザのウイルスだ。
研究所には、それまで採取してきたウイルスから作られた抗体が、数十種保存されていた。採取されたウイルスが届くと、まず、これまでの抗体との反応を調べる。抗体との結びつきが強いほど、抗体の元になったウイルスと近いことになる。3歳児のインフルエンザウイルスも、抗体との反応を一つずつ調べ、一覧表にまとめていった。
「64、反応なし、反応なし、16……」。近いウイルスがあれば反応して、数百~数千の値になるはずが、どれも低い。ほとんど反応をしていない。
「新しいウイルスなのでは」
そう判断した大山さんは、国立予防衛生研究所(現国立感染症研究所)にウイルスを送った。同研究所が精査し、変異したウイルスであると確認。米疾病対策センター(CDC)にも届け出られ、従来のB型ウイルスとは異なるものと確認された。このウイルスは同じころ、世界各地で確認され始め、最初に発見された山形の名をとり「山形系統」(Yamagata lineage)と名付けられた。
89年、世界保健機関(WHO)は、次のシーズンに山形系統の流行の可能性があると発表。大山さんが山形で分離したウイルスを元にワクチンを作ることを推奨した。
「うれしかった」と大山さん。当時の研究所は、インフルエンザに特化して研究をおこなっていた。「それまで流行していた主なウイルスの抗体はすべて持っていた。日本で一番、インフルに力を入れている研究所だと思っていた」
頑張れば、山形の小さな研究所…