数学の超難問「リーマン予想」を証明したと発表した、英エディンバラ大名誉教授のマイケル・アティヤ氏が、1月11日に亡くなった。論文は撤回され、「証明」は幻に終わった。「英国でニュートン以来の偉大な数学者」とたたえられたアティヤ氏とは、どんな人だったのか。
リーマン予想「証明」の数学者死去 論文の扱いどうなる
アティヤ氏は1929年、英国・ロンドンで生まれた。公表された資料によると、幼少期は父の仕事の関係でスーダンで過ごし、16歳で英国に戻ってからは数学に没頭した。数学者の妻と結婚し、プリンストン高等研究所やオックスフォード大などで教授を務めた。
専門は、図形や空間の性質を研究する幾何学やトポロジー。数学者として名声を勝ち取ったのは、1960年代に発表した「アティヤ=シンガーの指数定理」の証明だった。解析学と幾何学という異なる体系同士を結びつける業績で、弦理論や量子論など物理への応用も広がった。「20世紀の数学の金字塔」と高く評され、超弦理論を先導するプリンストン高等研究所のエドワード・ウィッテン氏ら多くの物理学者に影響を与えた。
この業績でフィールズ賞(66年)やアーベル賞(2004年)などを受賞。サーの称号を与えられ、核廃絶をめざす世界の科学者が集まる「パグウォッシュ会議」の会長も務め、平和活動にも取り組んだ。
晩年は、世界最古の学会とされる英王立協会の会長などの要職を務めながらも、研究の意欲は衰えなかった。リーマン予想もその一つだった。
アティヤ氏によると、元々は物…