佐賀県産のイチゴ「いちごさん」が昨秋、デビューした。「さがほのか」以来20年ぶりの新品種で、鮮やかな赤色と爽やかな甘さが特長だ。北関東や九州を中心にイチゴ産地のブランド競争が激しさを増すなかで、県や農家は期待を高めている。
15日、東京・南青山で開かれた期間限定のカフェに、親子連れやカップルが次々と訪れた。「いちごさん」を使ったシュークリームを県が提供。「インスタ映え」する赤やピンクの風船や小型テントを用意し、山口祥義知事と女優の本仮屋ユイカさん(31)、高梨臨さん(30)のトークも組んで話題作りを狙った。
佐賀は有数のイチゴ産地だが、近年は県産イチゴの値が下がり、農家の高齢化で生産縮小が続く。「品質が良く農家の所得につながる品種を」と県とJA、農家が関わる開発プロジェクトを立ち上げ、7年かけて新品種が誕生した。
そのうち6年間、県で品種開発・選抜担当として関わったのが、現・県唐津農林事務所東松浦農業改良普及センターの岡和彦さん(52)だ。
通常、品種改良は色や味で良い特徴をもったイチゴ同士を戦略的に掛け合わせるが、「さがほのか」後は画期的な品種が生まれず、総当たり形式で約1万5千株をつくった。試食や糖度測定で絞っていった。
「現場重視」で、これまでの品種開発では「とても外に出せない」という早い段階から農家に見てもらい、最後も農家に作ってもらって決めた。「現場がだめなら振り出しだが、良い評価をもらった」
農家からも期待が寄せられる。「良か品種。大玉で数が多く、ツヤがある」。吉野ケ里町のイチゴ農家・森山利則さん(62)は1月上旬、ビニールハウスで育った真っ赤な実に目を細めた。太陽が昇ると実が軟らかくなるため、朝暗いうちに丁寧に摘み取る。病気にならないよう湿度に気を配り、こまめに肥料をやっている。
これまで「さちのか」などをつくってきたが、16アール全てを「いちごさん」に切り替えた。実が大きく、パック詰めの手間も抑えられる。収穫量が多く、収入増にもつながりそうだという。「今年がイチゴ元年と思っている。来年は作る農家も増えるし、注目もされているから頑張らないといけない」
認知度アップに向け、県は総額1500万円をかけ、PRに力を入れる。収穫前の昨年10月、「実物のインパクトより、発売前に期待感を」と大々的に名前を発表。11月に初売り、12月に大市場への初出荷、各種イベントでの宣伝と断続的に仕掛けた。出荷ピークに向けて、2月には横浜でイベントに出展する。
担当する県流通・通商課の金沢智寿子課長によると、狙いは「あまおう」(福岡)、「スカイベリー」(栃木)などが属する高価格帯のブランド入り。従来、首都圏には県産の3割ほどを卸していたが、情報発信力や市場の影響力を考え、「いちごさん」では半分ほどを振り分ける。
東京・大田市場では昨年12月、初競りで15粒入りの贈答用に1万5300円の値がついた。大阪の市場では10倍の1箱15万3千円と、華々しいスタートを切った。
大市場は佐賀から距離があり、輸送コストや傷つくリスクに見合う値段がつくかが、今後の成功のカギを握るという。
出荷量の確保も課題となりそうだ。大田市場での青果卸業大手・東京青果の果実第2事業部長、河崎勇喜さん(56)は「まだ市場に入ってくる量もほかのイチゴと比べて少ないし、浸透しきれていない」。
ただ、トップブランドに位置づけられる「あまおう」も努力の積み重ねで現在の地位を築いた。「日々、安定した量を供給してもらいたい。素質はあり、これからです」
農林水産省によると、佐賀のイチゴ作付面積(17年)は200ヘクタールで、福岡の455ヘクタールに及ばない。「いちごさん」の今季の生産予定は生産者166戸(18ヘクタール)で約900トンと、佐賀県産の1割強となっている。
県やJAは、2021年までに県産イチゴの切り替えを進める。「地道にやっていくしかない」と松尾直・JAさが東京営業所長。金沢課長も「今年は仕方ないかと思うが、安定供給は責務」と話す。(杉浦奈実、秦忠弘)