無理難題を言ってくる人。話が通じない人。彼らを「アホ」「バカ」に分類し、かかわらないことを勧める本が目立つ。アホやバカの壁を越え、彼らとつきあうことは無駄なのか。 タレント・俳優 毒蝮三太夫さん 毒舌? おれは自分のことを毒舌なんて思っていないよ。確かにラジオでお年寄り相手に「ババア」とか「くたばり損ない」なんて言葉を使うけどさ。そう言われて喜んだり、元気に言い返したりしてくる相手に対してだけで、本当に病気の重い人にそんな言い方をするわけじゃない。 悪意はありません、あなたの味方です、と伝わる相手にだけ言うんだよ。笑顔で言えば、向こうも笑顔になる。中には「私にもババアって言ってよ」なんてリクエストしてくる人だっているんだから。 おれは、からかっているわけだよね。それを「愛情ある毒舌」とか書かれると、くすぐったくて嫌なんだけど、確かに「からかい」も、大きな意味では愛情の表現なんだろうな。だって相手に愛情がなければ、おせっかいもやかないだろうし、かまおうともしないはず。存在を無視するだけだろうから。 そんなふうに無関心になっているのが「アホだからつきあうな」「バカだから話しても無駄」というような最近の風潮だね。つまり「自分の得にならない」から、相手にかかわらない、かまおうとしないわけでしょ? 結局、相手を排除したり、差別したりすることにつながりますよ。 世の中には賢い人ばかりじゃなくて、そりゃあアホもバカもいる。落語を考えればわかるよね。与太郎が出てきて、それをご隠居さんとかおかみさんがかまうわけでしょう。与太郎って今の世の中で言えば、「アホ」「バカ」ですよ。でも「アホ」「バカ」がいなくなれば社会が良くなると思うのは考え違い。与太郎は頭が悪いけれど、たまにぽろっと言った本音が真実を突いたりしている。世の中に刺激や活気を与えていたり、物事を円滑に進める潤滑油になったりしているんです。 「いけすのナマズ」という小話を知っている? 外国の漁村の話で、遠方へ漁に出かけて魚を取っても、港に帰る頃には、いけすに入れた魚の生きが悪くなってしまう。ただ、ある老漁師の船のいけすに入った魚だけはなぜか元気で生きが良く、港の市場でも高く売れるんだそうだ。 不思議に思ったほかの漁師が調べたら、いつもいけすに1匹のナマズが入っていた。魚は、ふだん見ない淡水魚のナマズの不気味な姿に緊張し、ストレスを感じて泳ぎ回り、結果的に生きの良さが保たれたという教訓話だよ。 「アホ」「バカ」ってこのナマズに似ているだろ? ナマズは見た目や味はともかく、いけすの魚に刺激を与え、みんなを元気に保った。「アホ」や「バカ」の存在も世の中に適度なストレスを与え、それで社会は進歩している。つまり社会にとって必要なの。「必要悪」じゃなくて「必要善」なんですよ。(聞き手・中島鉄郎) … |
「アホやバカがいて社会は進歩している」毒蝮三太夫さん
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