弾力がすごい子ヤギの肉を使ったヤギ肉丼。肉質は軟らかく、ほろほろとほぐれた=ジブチ、高野裕介撮影
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アラビア半島の南端にあり、アラブ世界で最古の街サヌアを首都に持つイエメン。長引く内戦で入国は難しいが、国を逃れた人々が多く住む紅海の対岸ジブチでは、絶品イエメン料理が食べられる。地元でとりわけ人気だったのが、臭みがまったくなく、肉好きも大満足の「ヤギ肉丼」だった。
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「今夜は肉にしよう」。取材で訪れたジブチで夜、同行したスタッフと街に繰り出した。タクシーの運転手に尋ねると、うまいイエメン料理屋があるらしい。ジブチとイエメンは海を挟んで約30キロの距離で、昔から人や物資の往来が盛んだ。2015年に始まったイエメン内戦を逃れ、多くの人たちが避難生活を送っている。
教えられた店は「アラブレストラン」。この日はあいにくの停電で周囲は暗闇だった。女性店員が、「もう少しで電気が戻ると思う」というので待つ間、空を見上げると、くっきりと浮かび上がったオリオン座が見えた。
隣の席にいた内装工のアブドラ・ザイードさん(39)におすすめ料理を尋ねてみた。イエメン南部のアデン出身で、26年間ジブチに住む。どれほど美味かを熱心に語ってくれたのが、「マンディ」とも呼ばれるヤギ肉丼だった。
釜として使われる地面の「穴」のふたを開けると、白い煙が立ち上った=ジブチ、高野裕介撮影
ただ、店員に聞くと、いつも昼には売り切れてしまうという。店員は地面に掘られた深さ1・5メートルほどの「穴」を指さし、「あの中でじっくり作るんだ。昼前に来れば、できたてが味わえる」。どうしても食べたい。この日は肉への欲求を抑え、出直すことにした。
釜のなかで肉と米が融合
5日後、朝食を抜く「万全の準備」をして店を再訪した。例の「穴」にはふたがしてある。空気が入らぬよう布がかけられ、ふたの上にコンクリートブロックが20以上も置いてある。毎日朝6時から仕込みをしているという店主のアブドルアジズ・ムハンマドさん(29)によると、穴は、モファと呼ばれる直径約1メートルの専用の釜だという。ヤギ肉丼の調理法は、二段重ねにした下の鍋に米を入れ、上の段の網にヤギ肉と鶏肉を並べる。薪に火をつけ、穴にふたをして蒸し焼きのようにする。3時間以上かけて焼き上げるため、肉の脂が下の鍋の米にしたたり落ち、うまみがしみこむのだという。イエメンでは家庭にある小さな釜で作ることもあるが、「日本では難しいですね」とムハンマドさん。
肉はクミンやコリアンダー、オレンジの皮、コショウ、サフランなどをすりつぶした14種類のスパイスで味付けする。軟らかい食感を楽しむため、使うのは子ヤギの肉だけだ。米の鍋には大きく切ったタマネギのほか、肉の味付けに使う香辛料をすりつぶさずにそのまま入れ、ローズウォーターを加える。
焼き上がったヤギ肉と鶏肉を「穴」から取り出す店員たち=ジブチ、高野裕介撮影
歯ごたえが最高
焼き上がりを待っていると、店員が「そろそろだ」と、ふたにかけた布をはがした。その瞬間、肉の香りが漏れ、食欲をそそられる。
調理されて出てきたヤギ肉丼はボリューム満点だった。取材と聞いて、気をつかって量を増やしてくれたのかと思ったが、普段と同じ量だという。店では1日12皿限定で提供しており、値段は1200ジブチフラン(約750円)。同じ作り方をした「鶏肉丼」は500フランだった。少々値が張るものの、客の多くはヤギ肉を好むという。
盛られたヤギ肉飯。付け合わせの野菜、フライドポテトもある。これで一人前=ジブチ、高野裕介撮影
ヤギ肉にかぶりつくと、口の中でほろほろと肉がほどけていく。それでいて、弾力がすごく、一度にたくさんのガムをかんでいるようで、いつまでも口に入れておきたい気持ちになった。スパイスの主張も思ったよりも強くなく、ヤギ肉の臭みもなかった。調理に使った木のにおいも香ばしかった。料理には、ニンニクやコリアンダーをミキサーにかけて作ったピリ辛のソースも添えられていて、味の変化も楽しめた。
釜として使われる「穴」の底で調理された米=ジブチ、高野裕介撮影
難民のレストラン
ムハンマドさんはイエメン南部…