朝鮮出兵時の戦いぶりや虎退治の逸話、戦前に盛んだった「軍神」としての信仰――。荒々しさにもっぱら彩られがちな戦国武将、加藤清正(1562~1611)のイメージに違和感を抱き、本を出した女性がいる。きっかけは熊本での「南蛮服」との出あい。そこから強面(こわもて)だけではない素顔が浮かび上がった。
編集者・ライターの伊藤なお枝さん=福岡市=は三十数年前、熊本に関する本の下調べのため、熊本市西区の日蓮宗本妙寺を訪ねた。清正公が眠る「浄池(じょうち)廟」がある加藤家の菩提(ぼだい)寺。境内の宝物館で、トルソー(胴体だけのマネキン)に着せた清正公の「南蛮服」を見た。
63センチの丈は、グレーっぽい地に青の縦じま入り。襟が立てられ、多数のくるみボタンが付いた仕立てで、現代のSサイズ程度の大きさだった。「モダンでシンプルで、女性のブラウスのよう。本当に、武者ぶりのよさが印象にある清正公のものなのか」。キリシタン大名の大友宗麟や大村純忠、有馬晴信のものならまだしも、なぜ清正公なのか、とも感じた。
ファッションに興味はなかった…