親が認知症になったら家族でも定期預金は引き出せなくなる――。エッセイストの鳥居りんこさん(57)は、知人にそう言われたときの衝撃が忘れられない。
家族は後見人になれない?成年後見の利用を阻む四つの壁
2年前に亡くなった鳥居さんの母親(享年84)は当時、有料老人ホームに入居。診断は受けていなかったが、認知症が疑われる症状が増えていた。95歳までの前提で入居費などを見積もり、母の預金額を確認していた。もし母の口座が凍結されて自分が立て替えなければいけなくなったらどうしよう、と焦った。
成年後見制度について調べたこともある。しかし申し立て手続きなどがあまりに煩雑で断念。「しかも、自分ではなく司法書士などが後見人に選ばれたら、その人に払う報酬も必要になる。そんな余裕はないと思いました」
実行したのは、母の定期預金を解約、普通預金に移すことだった。普通預金なら母の了解を得てキャッシュカードでおろせると考えた。母と2人で銀行へ。窓口で担当者から生年月日を問われ、氏名や住所を自分で書くように促される母。「認知症と正常の間のような状態だったから、どきどきしながら見守りました」
認知症の人が保有する金融資産は143兆円と推計されている(2017年度末時点)。第一生命経済研究所が試算した。30年度には215兆円に達する見込みだという。裁判所の統計によれば、成年後見制度の利用申し立ての動機として一番多いのが「預貯金などの管理・解約」だ。
認知症になると、口座は凍結されるのか。金融機関での対応を、グループ1万6千人が認知症サポーター養成講座を受けるなど、高齢顧客への対応に取り組む三井住友銀行に聞いてみた。
同行によると、重要なのは、あくまで窓口でのやりとりで預金者本人の意思確認がとれるかどうか。認知症と診断されると、一律に口座が凍結されてしまうということではない。
「お客様の財産を守るため慎重に対応する。どうしてもご本人の意思確認がとれなければ、家族が同席されていても、払い出しをお断りすることもあります」と担当者は説明する。こうした場合は成年後見制度の案内をするという。
事前に備える方法はあるのか。同行の場合、本人の入院などに備え、代理人指名の仕組みがある。親子など2親等以内の家族が対象だ。意思能力が明瞭なうちに事前に代理人選任をしておけば、その後に認知症で意思能力を失っても、代理人になっている家族が払い出しを続けることができる。同種の代理人制度がないか、金融機関に尋ねてみるのは一手だ。(編集委員・清川卓史)
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〈成年後見制度〉 介護保険と「車の両輪」で超高齢社会を支える仕組みで、2000年4月に始まった。認知症や知的障害などで判断能力が十分ではない人に、預貯金などの財産管理、福祉サービス利用、施設入居契約などの支援をする。判断能力の度合いに応じて、「後見」「保佐」「補助」という三つの種類がある。制度利用の申し立てができるのは本人と配偶者、4親等内の親族ら。判断能力があるうちに将来の後見人を決めておく「任意後見」もある。