子どもから大人まで家族で楽しめる水族館。南知多ビーチランド(愛知県美浜町)では飼育員たちの努力もあり、目が見えない高齢のアザラシがいまも現役で活躍している。ショーや展示だけでは分からない飼育員たちの奮闘ぶりなど、水族館の裏側をのぞきに行ってみた。
「コウー、コウー」
飼育員の森玲菜さん(26)が大きな声で呼びかけると、水中からゴマフアザラシの雌「コウ」(推定32歳)が、来園者の目の前の舞台にはい上がってきた。口を大きく開けたり、お尻の穴にセンサーを入れて体温測定をしたりして、健康管理の様子を披露。最後には来園者が背中をなでて触れ合うこともでき、親子連れらを喜ばせた。
コウと雄のジャック(推定31歳)は、白内障で何年も前から目がほとんど見えない。かなり高齢の部類に入るが、来園者と触れ合うイベントに出演を続けている。飼育員のサインは声のほか、ひげや体に触れる方法で伝えている。コウは声のサインを4種類、ひげで6種類、ボディータッチで4種類を認識。指示に応じて移動し、前脚で顔を覆う「恥ずかしい」のポーズや、くねくねダンス、うつぶせから仰向けにひっくり返る「ターンオーバー」、待機などの動きをこなす。ジャックもほぼ同様の動きができる。
森さんは「(来園者に)解説で目が見えないと伝えると『すごいね。あんなに動けるんだね』と言ってくれる」。目が見えなくなった動物の活躍は多くはないというが、これには飼育員たちの思いがある。
「目が見えなくても、とても健康。いろんなことができることを知ってほしい」「動かないでいると筋力は衰えていく。お客さんと一緒に遊ぶことは、動物にとってもいい刺激」
アザラシやセイウチなどのヒレアシ類やペンギンを担当する飼育員のリーダー武沢幸雄さん(36)はそう話す。
トレーニングの目的は健康管理
これらのトレーニングは健康管理でも重要な役割を果たしている。
サインを使って体重計に誘導したり、後ろ脚にお湯をかけて血管を浮き上がらせてから採血するのを、待機のサインでじっと我慢させたりする。内臓をみるエコー検査では、ターンオーバーのサインが役立つ。特に目が見えなくなると警戒心が強まり、動物と飼育員との信頼関係がないとできない作業という。「飼育動物をトレーニングする最大の目的は、ショーではなくて健康管理なんです」。武沢さんは力を込める。
行動観察も重要だ。人気のペンギンはビーチランドには約100羽。このうちフンボルトペンギンが約90羽を占めるが、飼育員たちは1羽ずつ見分ける。個体ごとに異なる腹の模様や顔つきで認識。「それができないと、ペンギンの健康管理はできない。餌をどれだけ食べたか。きょう何をしたか。全部について言えなければいけない」
2年目の飼育員片山菜月さん(21)は、両腕に傷が絶えない。魚を与える際にタイミングがずれると、餌と一緒にかまれてしまうからだ。「目が切れ長だったり、くりくりだったり。顔だけで分かるペンギンも増えて、かまれることも少なくなってきました」。1羽ずつ足の裏に、飼育されたペンギンに特有の病気がないかを確認したり、1カ月に1回程度、体重測定をしたりもする。
ビーチランドで約30年、動物たちを診てきた獣医師の大池辰也さん(55)は「受診に使うトレーニングは実はかなりレベルが高い。これによって、動物のいろんな検査や処置ができるようになってきた」。動物の健康管理には、飼育員と獣医師の連携は欠かせない。「ショーやイベントは飼育員と動物が生き生きと交流する姿。そう思ってもらえるとうれしい」(豊平森)