JRが減便されたまちで、「動かない車両」が活躍している。宮崎県串間市の地元市民による有志が、JR串間駅前に設置した「レトロ路面電車」(1両)だ。市の案内所やイベントスペースとして、市民や旅行客が集う場所となっている。
5月中旬、「レトロ路面電車」の中で、市観光物産協会のメンバー9人が会議を開き、話し合っていた。副会長の松尾定直さん(51)は「殺風景な部屋でやるよりも、自由な意見が飛び交うような気がする」。
路面電車は、市民団体「くしままちづくり協議会」が2015年5月に設置した。周辺にはウッドデッキも整備している。
車内のスペースの半分は市が借りて、総合案内所を構える。残り半分は、会議室やイベントスペースとして1日1千円(土日祝日は1500円)で貸し出している。音楽ライブやマルシェ、ビアガーデン、高校生の卒業記念パーティーなどにも使われていて、市中心部のにぎわい作りの拠点となっている。
だが、串間市はおろか、宮崎県内で路面電車が走っていたことはない。一体なぜ、路面電車を置いたのか。
仕掛け人の一人で、協議会メンバーの喜多祥一さん(54)によると、協議会は12年ごろから、駅近くの「旧吉松家住宅」を生かした地域活性について話し合ってきた。まちの歴史を調べると、材木商を営んだ吉松忠敬氏(1865~1937)が、串間駅を通る現在のJR日南線開通に尽力していたことが判明。「子どもから大人までファンのいる電車は、まちを盛り上げてくれるのでは」。歴史的背景から、木造電車に目をつけ、利用できる車両を探し始めた。
その過程で、広島電鉄(広電、広島市)の路面電車「750形」1両(全長13・7メートル、幅2・5メートル、高さ3・8メートル)が、廃車になるとの情報を入手。1950年に製造され、大阪市電から68年に広島に移り、14年まで現役だったものだ。
「車両を解体せずに保存したい」という広電側の思いもあり、ほぼ無償でもらい受けた。広島からの運送費や整備費など計約300万円は、協議会の資金に加え、地元市民や企業からの寄付で捻出した。
JR日南線は昨年のダイヤ改定で、一部の便で運行区間が短縮。串間駅を通る便が減り、過疎の進行が危惧されている。だが、路面電車の設置が、JR日南線の活性化にも貢献している。
新たな「職場」を見つけた車両をひと目見ようと、全国から鉄道マニアが訪れるようになった。近くを走るJR車両との2ショットが撮影できるスポットとしても人気を集める。路面電車を会場にしたマルシェイベントにも多くの人が訪れたといい、喜多さんは「数十年ぶりに満員電車が串間駅に着いた。涙が出そうになりました」と振り返る。
車両内の総合案内所が開いている午前10時~午後5時(不定休)の間、貸し出し中でなければ見学できる。問い合わせやレンタルの申し込みは同協議会(0987・72・0254)へ。(大山稜)