デジタル・テレビ,手のひらに載る——。「携帯機器による地上デジタル放送の受信」をテーマに本誌が2003年8月18日号に掲載した特集記事のタイトルである。携帯電話機を持ってテレビを見るまねをしつつタイトルを考えあぐねた。「30cmの距離で見るテレビ」などタイトルのボツネタを散々考えたあげくたどり着いたものだけに,このタイトルには非常に愛着を持っている。昨日実施されたNHKと東京の民放5局の女性アナウンサが勢ぞろいする形で実施された「1セグメント放送を来年4月1日に開始する」という発表会の中で,このときの特集タイトルとほぼ同じ形容をして新サービスが紹介されて,当時のことを非常に懐かしく思い出した。
本誌は,この特集の以前より,「地上波デジタル放送がケータイへ,カーナビへ」(2000年8月14日号の解説),「五里霧中のデジタル・テレビ,不要論と向き合う」(2002年6月3日号の特集)といった具合に,たびたび地上デジタル放送による携帯受信の将来性について記事を書いてきた。一貫して言いたかったことは,「地上デジタル放送(特に1セグメント放送)によって,ディスプレイを搭載するあらゆる機器がテレビに化ける可能性を持つ」ということである。その大本命が携帯電話機であり,2006年4月を今から楽しみにしている。
ところで,この「手のひらに載るデジタル・テレビ」は,これまでの地上テレビ放送にはない特徴がある。受信エリアが不明確ということだ。固定受信では,地上デジタル放送のサービス・エリアの目安が示されているが,携帯受信ではそれがない。「そもそも同じビル陰でも,ある場所では受かるが,少し移動すると受からなくなる」(放送事業者のある技術者)という状況では,放送エリアという概念が成り立たない。このため,「新しいベスト・エフォート型サービス」と表現する放送関係者もいる。
しかし,これは機器/部品メーカーにとっては,技術力を誇示する絶好のチャンスとなる。筆者は,2000年ころの取材で,「モジュール・メーカー間でチューナーのスペック競争はある。しかし,既に感度は十分なレベルに達しており,消費者には関係のないところで競争しているのが実情だ」という嘆きの声を聞いたことがある。固定受信では,放送事業者の送信所が全国あまねく設置され,各家庭に十分な電力で受信できるように電波が出力されている。こうした中,いくら技術開発に力を入れても,テレビの差異化にはほとんど役にたっていないというのである。
しかし,携帯受信ではこうした状況はガラリと変わる。異なるメーカーの携帯電話機を持って二人が同時に同じ場所でテレビを見ることもあろう。そのときに,一方だけテレビが映ると,両メーカーの差が歴然としてしまう。今,携帯電話機に向けたチューナーICの開発競争として,受信感度と消費電力の双方で激烈な競争が繰り広げられている。ある携帯電話機メーカーは,「チューナーの低消費電力化にはある程度のメドがついた。今後は,このまま低消費電力化にふるか,感度を上げる方向にふるか思案のしどころ」と指摘する。いずれにしても,技術開発の結果は受信能力という形で,フィールドで実証されるので,こわい部分がある反面,技術者にとって非常にやりがいのある開発分野に化けたと思っている。 |