一休みする冬眠候補の「クー」。飼育係も太鼓判を押す度胸の持ち主だ=東京都台東区の上野動物園で8月31日、石井諭写す
上野動物園(東京都台東区)が、ツキノワグマを人工的に冬眠させ展示する、世界的にも例のない実験に乗り出す。室温を徐々に下げ、えさも減らして本来の姿に戻すものだが、果たして眠ってくれるのか。期待と不安の実験開始まで、カウントダウンが始まった。【合田月美】
冬眠実験は秋田県の山の冬を想定し、9月末をめどに始める。冬眠を体験するクマの有力候補は1歳半のメス「クー」で、4カ月のオス「タロウ」は補欠候補。クーは新潟県朝日村で05年5月、タロウも富山県南礪市で今春、親が猟銃で撃たれて保護された。動物園での生活年数が浅く野生に近いため子グマが選ばれた。同園にいるクマのうち2頭のヒグマも本来冬眠するが、大きすぎるため候補にならなかった。
実験の手順はこうだ。来場者に見えるよう一方がガラス張りの約6畳と4.5畳の2部屋で、徐々に室温を下げる。そこでクリやドングリをふんだんに与え、脂肪を蓄えさせ、現在体重約50キロのクーを60キロくらいまで太らせる。日照時間が減る自然界に合わせて明るさも調節する。その後、動けるスペースを約4畳半に狭め、11月中旬からは、室温を5度程度にまで下げ、えさも減らす。一般にクマが冬眠に入る11月下旬ごろには、水だけしか与えず、のぞき窓しかない真っ暗な1畳の部屋で来年の4月ごろまで冬眠させる。
だが、仮に眠らせることができても、課題は多い。そのまま餓死や衰弱死しないよう、睡眠中の体温や呼吸、心拍数をモニターする。ところが、わずかな刺激でも目覚めるため、起こさずにどうやって測るかは決まっていない。体の下に敷いて測る介護用の装置も候補だが、クマが掘り返すなどして壊れる可能性がある。マイクロチップを埋め込む案も出たが、冬眠明けまで取り出せず、「リアルタイムでチェックできない」と却下された。
また、来場者による振動や騒音、カメラのフラッシュが睡眠を妨げるのではないかとの懸念もある。防音ガラスを二重にしているが、場合によってはのぞき窓を閉じる。
クマの冬眠は、母グマにとっては、胎児を成長させる重要な期間。動物園で冬眠しないと、未熟児が生まれる弊害もあるという。また、絶食期間がないため、自然界では約100キロのツキノワグマが130キロほどに太る場合もあるという。国内では、東北地方の動物園で冬期閉園中、自然の中でクマを冬眠をさせている例はあるが、人工的に冬眠された例はない。
34年前、動物園で最初に担当したのがクマだったという小宮輝之園長は「クマに、本来の生理的現象である冬眠をさせてやれないことをずっと申し訳なく思ってきた。冬眠展示は、成功すれば博士論文が書けるくらいの快挙。世界の動物園の刺激になるはず。10年かかってもいいから、上野動物園ならではの挑戦として成功させたい」と話している。
▽坪田敏男・岐阜大学教授(野生動物医学) 動物園の目的は動物を展示すること。これまではクマを冬眠させるという発想自体がなかった。近年は、動物本来の生態に近づけようという取り組みも始まっており、冬眠実験は画期的な試みとして注目される。ただ、クマは冬眠中は水さえ飲まないので餓死する危険もある。事実、山でクマの死がいが見つからないのは、冬眠中に死ぬからとみられる。冬眠に入る前にいかに十分な栄養を取らせるか。また、来場者に展示しながら、その一方でクマが眠れる静かな環境をどう確保するか、その両立が課題だ。