「皇室典範に関する有識者会議」が24日、小泉純一郎首相に報告書を提出し、女性・女系天皇容認に向けた歯車がまた一つ回った。父方が天皇家の血を引く「男系」により、千数百年以上にわたって引き継がれてきた天皇制が、大きな転換点を迎えようとしている。しかし、有識者会議の議論には「拙速」「初めに結論ありき」との批判も根強い。来年の通常国会での皇室典範改正を目指す政府は「国民への説明責任」という課題も背負うことになった。【衛藤達生、野口武則】
有識者会議が女性・女系天皇実現に向けて、大きく舵(かじ)を切ったのは、8月31日に開いた第11回会合だった。
「(1947年に皇籍離脱した)旧皇族の復帰があっても、男系男子による皇位継承では先細りになるのは確実だ」「男女平等という視点ではなく、安定的な皇位継承という点から考えるべきではないか」
自由討議の中で、メンバーが相次いで容認論を展開し、その後の議論の方向性が固まった。
有識者会議は7月26日の前回会合で、女性・女系容認と旧皇族復帰による男系男子維持の両論を併記した「論点整理」を公表していた。
その際、座長の吉川弘之元東京大学長は、メンバー各自がじっくりと勉強する「2カ月間の夏休み」を宣言していた。その予定を変更して集まったのが8月31日の会合だった。では、この日にどんな意味があったのか。
前日、衆院選が公示された。自民、民主両党の独自調査などで、「自民党圧勝」の結果は、この時点でほぼ見通せた。小泉政権の基盤は一段と強まる。この日の議論について、関係者からは「批判の高まりも予想される中、強い政権のもとで一気に片付けてしまおうという意思が働いた」との指摘が聞かれる。
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同会議の初会合は、1月25日に首相官邸で開かれた。
「天皇の地位の安定的継承は、国家の基本にかかわる事項です。皇位継承を安定的に維持するための検討は避けて通れません」
衆院本会議出席のために席を外していた小泉首相のあいさつを山崎正昭官房副長官(当時)が代読した。その中には「伝統」や「歴史」の文言はなく、「安定的」が2度使われていた。
メンバーの一人は「総理が冒頭に安定性を第1命題に据えた以上、女性・女系容認は必然だった」と振り返る。「もともと女性・女系容認をどう理屈づけるのかが役割」(首相周辺)とも言われた。女性天皇容認派と目されていた吉川座長、座長代理の園部逸夫元最高裁判事、古川貞二郎前官房副長官が議論のリード役になったことも「初めに結論ありき」との見方を強めた。
ただ、有識者会議は7月26日の論点整理までは、あくまで「中立」を保った。政府関係者は「男系男子維持派からの批判に耐え得る理論武装のためには積み重ねが重要だった」と明かす。
こうした状況下、男系男子維持が持論とみられていたメンバーの奥田碩日本経団連会長は8月4日に、福岡県内での講演で「たぶん結論は出ない。両論併記といった形で出し、首相や国会で決めることになる」と語った。しかし、奥田氏は女性・女系容認の大勢に押されたかのように、同31日の会合前後には「(両論併記になるというのは)言葉足らずだった」と周囲に釈明した。
9月以降の会合では、皇位継承順位の「長子優先」、皇族の範囲の「永世皇族制」などがトントン拍子で決まった。いずれもキーワードは「安定性」。皇室関係者によると、男系男子維持を主張したメンバーからは「衆寡敵せず」「多勢に無勢」との嘆きが漏れた。
「拙速」批判に対し、吉川座長は「専門家に意見も聞き、中間報告(論点整理)も出した。(これ以上は)ある意味キリがない」(10月5日の会見)と反論しているが、政府関係者も「最後の方は結論を急いだ印象は否めない」と認める。
「歴史の大転換をたった10人によるたった10カ月の議論で決めてしまっていいのだろうか」。自民党の閣僚経験者が漏らしたそんな不安は、改正案の調整に入る政府が受け止めることになる。
◇与党内調整予断許さず
政府が皇室典範改正案を来年の通常国会に提出するのは、来年度予算案の審議をにらみながら、3月下旬以降になるとみられる。しかし、超党派の保守派議員でつくる日本会議国会議員懇談会が、男系による皇位継承の維持を求める決議を行い、安倍晋三官房長官に申し入れるなど、与野党には反対論も根強い。政府関係者は「明日からでも水面下の調整が必要になる」と語っている。
衆院選後、政府・自民党の一体化が目立つが、この問題での一番のハードルは、歴史や伝統を重んじる保守派議員を多く抱える自民党だ。同党は憲法改正論議の一環として、女性天皇について議論してきたが、有識者会議の議論を見守る観点から、検討を中断した。皇室典範改正案が政治日程に乗るのに合わせ、内閣部会や憲法調査会に小委員会を設置して議論を再開する案が有力になっている。
党憲法調査会幹部は「党内では女性・女系天皇容認派は6割程度にとどまる」との見方を示す。ただ、女性天皇と女系天皇を明確に区別していない議員もいるため、「『女系』容認は母方が天皇家の血を引く天皇を認めるものだという理解が進めば反対が増え、容認と反対が五分五分になる可能性もある」とも言う。「思想信条に絡む問題は党議拘束になじまない」との見方も根強く、調整は予断を許さない。
ただ、党内でも保守派の重鎮的存在だった綿貫民輔前衆院議長、平沼赳夫元経済産業相が「郵政政局」の中で離党した点は、政府にとって好材料と言えそうだ。
毎日新聞 2005年11月25日 1時20分 (最終更新時間 11月25日 4時57分)