東京都港区のマンションで高校生が死亡したエレベーター事故に絡み、製造元の「シンドラーエレベータ」は、国内計52基の制御プログラムに扉が開いたまま昇降する欠陥があり、このうち9基はそのまま稼働し続けていたことを明らかにした。エレベーター不信を増幅させる事態だ。
9基の中には、事故後の同社の点検でいったんは「問題なし」と告げられたものもあったというから驚く。同社は、このプログラムが事故機には使われていないとして関連を否定しているが、新たな事故が発生する可能性もあった。同社には、さらに徹底した調査と情報公開を行う責務がある。
事故を受け、国土交通相の諮問機関である社会資本整備審議会の部会は、対策を検討するワーキングチームを設置した。この際、行政や業界が取り組むべき課題を精査し、エレベーター全体の安全性の確立を急ぐよう注文したい。
エレベーターは、構造上と保守点検の両面から安全を確保するため、建築基準法や同法施行令、同法施行規則などに細かい規定がある。例えば、構造上では扉が閉じていなければ昇降できない安全装置を設置する義務、保守点検では所有者が定期的に一定の資格者に検査をさせ、結果を自治体に報告する義務などを定めている。
ところが、構造上の責任を負うメーカーと保守点検を担当するメンテナンス業者の間で、必要な情報を開示して共有する仕組みが法制上はない。つまり、安全上の規定がそれぞれ「縦割り」になっていて、双方が補完し合うシステムにはなっていないのだ。
事故機は2年前にブレーキの故障があり、当時は保守点検も担当していたシンドラー社が、マンションを管理する港区住宅公社からの依頼で調査し、報告書をまとめた。しかし、その後の保守点検を請け負った業者には報告書をはじめ、詳細なトラブル情報が伝わっていなかったとされる。
住宅公社も含めて情報の引き継ぎが十分に行われ、適切な措置が取られていれば、事故は未然に防げたかもしれない。安全確保に必要な情報は関係者で共有するルールを構築することが急務だ。
情報交換がスムーズに行われない理由として、エレベーター業界の閉鎖性を指摘する声もある。
国内に約70万基あるエレベーターの約9割の保守点検はメーカー大手の子会社など「メーカー系」と呼ばれる業者が行い、残りの約1割を担当している保守点検専門業者は「独立系」と呼ばれる。メーカー系と独立系による市場の争奪は年々激しさを増し、02年には独立系に保守部品を著しく高額で販売したなどとして、メーカー系が公正取引委員会から独占禁止法違反で排除勧告を受けている。
メーカー自身も「企業秘密」として、系列以外の保守点検業者には情報を出し渋る傾向が強いという。しかし、人の命を預かるエレベーターの安全確保を最優先に考えれば、必要な情報が開示されなければならないのは当然だ。情報の出し惜しみは許されない。
毎日新聞 2006年6月18日 0時19分