福岡市の「海の中道大橋」で一家5人が乗ったRV(レジャー用多目的車)が追突されて海中に転落し、幼児3人が死亡した事故で、父親の会社員、大上哲央(おおがみあきお)さん(33)と妻かおりさん(29)が29日、同市博多区千代の自宅で約2時間、毎日新聞の取材に応じた。2人は「3人の死が、飲酒運転による事故がなくならない今の社会にメッセージを残してくれるはず」との願いを明かし、「不幸な事故が続くようなら、私たちは心が崩れてしまう」と訴えた。【石川淳一】
■突然、光が…
2人とも事故によるけがで、手足には包帯が巻かれたまま。「励ましてくれた全国の人々に、私たちは大丈夫と知ってほしい」との思いから取材に応じた。
事故に遭った25日夜。哲央さんが「カブトムシ、捕りに行こう」と言うと、長男紘彬(ひろあき)ちゃん(4)、二男倫彬(ともあき)ちゃん(3)、長女紗彬(さあや)ちゃん(1)の3人は大喜びだった。同日午後10時50分ごろ、一家5人が乗ったRVは「海の中道大橋」にさしかかった。かおりさんは以前から「(この橋の)歩道側のガードレール(防護柵(さく))はもろそう。ぶつかったら絶対に(車が)落ちる」と気になっていた。
乗用車に追突され、橋から約14メートル下の海に落ちた状況について、哲央さんは「突然、バックミラーに光が飛び込んできた。一瞬で、猛スピードで追突され激しい衝撃を受けた」と振り返った。
■助けるけんね
2人が脱出して顔を上げると、もうRVは前部から沈み始めていた。寝ていた3人は車の中だ。助けようと、沈んでいくRVに4度にわたって潜ったかおりさんは「『助けるけんね! 生きるけんね!』と声を張り上げながら潜った」と打ち明けた。
小柄なかおりさんが割れた後部座席のガラスから体を入れた。潜水1回目で紗彬ちゃん、2回目で倫彬ちゃんを救出した。「次、ヒロ、行くけんね!」。だが、車の沈みは加速し、さらに2回潜っても紘彬ちゃんは見つからなかった。その間、哲央さんは立ち泳ぎをしながら、紗彬ちゃんらに人工呼吸を続けた。
■背中を押され
3人の死は病院で知らされた。「親だけが生きて……」と罪悪感にさいなまれた。28日の葬儀後の収骨室でも、哲央さんは「涙が出そうで入るのが怖かった」と言う。だが、目にした遺骨はいずれも太く、たくましかった。かおりさんは「3人にはおいしい母乳をあげて育てた。それは間違っていなかった」と思えた。急にエネルギーをもらった気がしたという。その夜、自宅で2人は明け方まで3人の子の思い出を語り合った。3人の戒名にはそれぞれ、「空」「風」「光」の1文字ずつが入った。3人が空から見つめ、風となって舞い込み、温かな木漏れ日となって。かおりさんはそんなイメージを抱いている。かおりさんは「今、3人が私たちの背中を押してくれている。これからも、ずっと、子供がそばにいる。そう思うと涙は出ない」と話す。
■誠意を見せて
一方、ひき逃げ容疑などで逮捕された市職員、今林大(ふとし)容疑者(22)について、哲央さんは「今はまだ、憎い気持ちなどは出てこないが、誠意をみせて償ってほしい」と話した。
毎日新聞 2006年8月30日