「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対に腐敗する」は骨太の自由主義者だった英国の歴史学者アクトン卿(きょう)の名言だ。もともと中世のローマ法王の権力についての言葉だというが、絶対の正義を名乗る権力ほど底なしの腐敗を見せるのは、その後の歴史でも立証された▲だからクリーンな権力などといわれれば、まずのっけから疑ってかかるのが自由主義者というものだ。だが、仮に20年近く同じ人物が同じ権力の椅子に座り続けていればちょっと危ないぞというのは、別に自由主義の信念がなくとも分かる話だ▲在任当時はパーティーなどの席でも土建業者らとの接触を出来るだけ避けていたという佐藤栄佐久前福島県知事である。クリーンな知事というイメージで5期18年にわたる長期県政を担ってきたその前知事が、県発注のダム工事をめぐる収賄の疑いで東京地検特捜部に逮捕された▲容疑は工事受注に便宜を図った見返りに、建設業者と実弟の会社との間の土地取引を介してわいろを受けたということらしい。前知事の威光を背景に県発注工事をめぐる一連の談合を取り仕切ってきたという実弟だ。そのとんでもない行状から前知事は利益を得ていたわけである▲自らは手を汚さない「清廉な知事」と、その裏で「汚れ役」を引き受ける実弟。何か安手のドラマのような役割分担が誰しも頭に思い浮かぶ。いったいなぜこんな県民への裏切りの構図が生まれたのか。多選知事の陥った落とし穴は、今後のためにもここではっきり見極めねばならない▲30年前も当時4期12年に及んだ木村守江知事の汚職で揺れた福島県政だ。県政にかかわる人ならアクトン卿の言葉は知っているだろう。もう少し長期県政と腐敗について厳しい見方はできなかったか。
毎日新聞 2006年10月24日