英国のキャメロン政権は、英国のEU離脱の是非に道筋をつける法案をいまだ公表していない。しかし、総選挙に勝利したばかりだというのに、ロンドンの経済界や金融界では既に英国が欧州連合(EU)を離脱した場合の影響を懸念する声が上がっている。ドイツ銀行は今週、金融機関として初めて、英国がEUを離脱すればロンドン拠点の一部業務を国外に移転することを検討すると公表した。英国最大の経済ロビー団体、産業連盟(CBI)会長のマイク・レイク氏は、「実業界はEUの加盟国であることが国益になることを明白にすべきだ」と述べた。
演説に臨むキャメロン英首相=AP
CBIは長らく、英国内でも欧州統合に比較的前向きな団体の一つであり、その点でレイク氏の演説に驚きはない。同氏は、EUは「決して完璧ではなく」、英国は「改革後のEUに」残ったほうがよいと注意深く強調した。しかし、国民投票が実施されるのは2年以上先になる可能性があるため、政界や実業界の中にも、EU加盟の利益について(発言の)「ボリュームを上げる」という同氏の呼びかけは早計であり、やや一方的だとの見方がある。
■スコットランド国民投票の教訓
企業の経営陣のEU残留についての意見がCBIが言うよりも多様であるのは本当だ。建機メーカー、JCBのグレーム・マクドナルド最高経営責任者(CEO)が今週、EU離脱は欧州との貿易に「何ら変化をもたらさない」とこの点を強調した。英国の小企業も欧州統合に対して懐疑的な傾向にあり、CBIは小企業の意見を代弁していないと主張する。
英国政府内でも上がっている、より辛辣な批判の一つが、EU残留に対する賛成運動を始めるには時期尚早だというものだ。この意見を支持する人々は、英国の残留支持を表明できるのは、首相が加盟条件について再交渉を行ってからだけだと論じる。レイク氏に批判的な人々は、今後のEUの形がどうなるかにかかわらず英国が残留するよう提案すれば、再交渉を成功させる機会を台無しにしていると主張する。
この意見は退けるべきだ。レイク氏が、今、企業の経営陣にEU加盟(に関する意見)の「ボリュームを上げる」ことを呼びかけるのは戦術的な理由から正しい。ビジネス業界は、昨年のスコットランドの国民投票で犯した過ちを認識すべきだ。企業の経営者たちは傍観した後で、賛成運動が勢いを増したぎりぎりの段階で、英国が分裂した場合の経済コストについて詳しく説明した。この介入が市民による分裂反対の後押しとなった。しかし、スコットランドが独立すれば国境の南に拠点を移すという金融機関による最終段階での脅しは、一部の投票者には辛辣で後ろ向きなものに聞こえた。
また、欧州統合を支持するビジネスリーダーらは、キャメロン氏がEU本部から何を持ち帰るか成り行きを見守る必要はない。成否にかかわらず、同氏の交渉は英国の加盟についての規定を変えることはないだろう。よくても、移民のための支援やEUの制度の形など、同氏が手に入れる改革はささやかだろう。最悪の場合、5億人の市民と2100万の企業を持つEUに残留するための経済的問題は極めて重要であり続けることになる。
欧州統合を支持する英国のビジネスリーダー達は、英国の残留を支持するという基本的な意見がこの交渉で変わることはないことを示し、今すぐEU残留を支持すると表明すべきだ。何より、「Brexit(英国のEU離脱)」を好む人々に、EUを離脱した場合の信頼できる将来の様子を説明するよう求めるべきだ。この討論を始めるのに、キャメロン氏が欧州から1枚の紙切れを持ち帰るのを待つ必要はない。
(2015年5月21日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
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