武田薬品工業のロゴ
大型連休のさなか、長野県北部の温泉街に泊まった。翌朝カードで宿代を払おうとすると、「使えません」。それは意外な理由だった。
「お恥ずかしい話なのですが、今月いっぱいで宿を閉じるんです」
昭和のはじめから続く旅館の3代目が事情を説明してくれた。彼いわく、温泉街をひいきにした官公庁の接待がなくなった。長野五輪で改築した投資も負担だった……。
インバウンドの足音も聞こえなかった。「外国人が好むのは東京から京都までのゴールデンルート。このあたりでは善光寺止まりです」。宿の経営は近くのホテルに引きつがれ、再出発を期す。
人口も市場も縮んでいくこの国で、大企業も生き残りの決断を迫られる。
江戸中期に創業した武田薬品工業は、国内最大の6・8兆円を投じ、アイルランドの製薬大手を買収する。
決めたクリストフ・ウェバー社長は4年前、ヘッドハントで迎え入れられた。初の外国人トップに異論もあった。候補の日本人幹部と比べはっきりビジョンを示す物おじしない姿勢と、「英語のうまい下手では社員を判断しません」と話すソフトな人柄が決め手となった。
そのウェバー氏がアグレッシブな買収を仕かけたことに、彼を知る武田のOBは「大型の新薬を出せず、じり貧になるのを避けたかったのだろう」とみる。創薬の世界は「むかし千三(せんみ)つ、いま万三(まんみ)つ」といわれる。万に三つしか成功しない運に頼るよりも、他社の力をとり入れることに勝負を賭けた。
日本企業による海外企業の買収件数は昨年、過去最高にのぼった。やはり、ほかに生き残る道はないのか?
ウェバー氏に先日インタビューでたずねると、その答えは明快だった。「グローバルな業界ではそう。製薬では米国や中国の市場が大きく成長した。その変化についていけなければ、競争力のない小さな会社になってしまう」
買収を重ねる武田はグループ2・7万人のうち日本で働く人は3割を切った。国境を越え広がる企業とは逆に、海外から日本に渡ってくる人たちは観光客だけではない。
コンビニや外食店で、レジに立つ外国人を目にしない日はなくなった。その多くはアジアからの留学生である。
「日本は働く人が少なくなる。時間も短くしたい。私たちはもっと働きたい。日本の足らないことを解決できる」
先日会ったベトナムの若者は、勉強中の日本語で話してくれた。留学生とはいっても、彼は母国の家族に仕送りするため、深夜まで大阪の飲食店で働いている。
この国は労働者として彼らを受け入れているわけではない。しかし、彼らをなくしては、24時間や深夜営業のサービスはなりたたない。
人も成長も外からとりこまないと、もはや支えていけない国になったのだ。