パラグアイ戦では1得点2アシストと結果を出した香川真司
左足首のけがで4月まで2カ月の欠場を強いられた香川真司が調子を上げています。4―2で勝った6月12日の親善試合パラグアイ戦で、フル出場して1得点2アシスト。19日のコロンビア戦に向けて先発の有力候補になりました。しかし香川は慎重です。パラグアイ戦の後、自身の公式ツイッターにこう書きました。
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「まだ本番ではない。ここからが大事だと思います」
香川はもともと、自分の失敗や弱点をとても気にする性格。それが飽くなき向上心につながっている面もあるのですが、絶好調で迎えた4年前のW杯ブラジル大会では、その性格のせいで急激に調子を落としました。チームの中で起きる「波風」に翻弄(ほんろう)されてしまったのです。
4年前、初戦のコートジボワール戦前の最後の親善試合で、日本はザンビアに4―3で勝ち、香川はフル出場して1得点を挙げました。キャンプ地のイトゥで香川は「W杯のデビュー戦でハットトリックをしようなんて気持ちにならないよう気をつけます」と言っていました。表情が明るく、いかにも調子が良さそうでした。
ところが試合前日、試合会場のレシフェ入りしての練習で様子が変わりました。ザッケローニ監督(当時)は試合前日の練習ではいつも、先発とサブがわからないようにしたチーム構成で、紅白戦をしていました。ところがその日に限って、レギュラー組とサブ組に分けて練習しました。そしてレギュラー組の左MFに入った香川に、厳しい注文をつけました。
チームのスタッフの1人がこう言っていました。
「ザンビア戦までは、日本の一番の武器は香川だという雰囲気がチームにあった。ところが試合前日になって、香川のところから守備が破られる危険があるとザッケローニ監督が繰り返し言った。左MFの香川のところに相手の右サイドバックが上がってくる。それを香川が対処しないとピンチになる。それをあまりにも言われ過ぎて、香川は自分の良さが何かわからなくなってしまった」
コートジボワール戦は、日本が前半に本田圭佑のゴールで先取点を奪いました。しかし後半は、コートジボワールの右サイドバックのオーリエに、日本の左サイドを次々と破られて連続失点。逆転負けを喫し、香川の守備が敗因としてクローズアップされました。
盛り返したかった第2戦のギリシャ戦でも、香川はチームの不安材料にされたままでした。
香川の守備はギリシャも突いてくるだろうと予想し、首脳陣は議論を重ねました。そして香川の守備の負担を減らし、香川が常に前線に残ることで相手のサイドバックの攻撃参加を牽制(けんせい)する策を選びました。それでも相手の右サイドバックが上がってきたら、左サイドバックの長友佑都が踏ん張り、センターバックの吉田麻也や守備的MFも支援する。香川に攻撃に専念させるために、そういう練習を試合の前日まで繰り返しました。
ところがザッケローニ監督は試合当日になって、香川をサブに回しました。左MFには本来はFWの岡崎慎司を充てました。
どんな試合よりも大きな重圧を背負うW杯本大会で、信頼を覆され、自信を奪われるような扱いを受けたのです。そんな状況で、最高のプレーができるとは思えません。選手と監督のどちらが悪いとは言い切れませんが、この経緯を聞いて、私は香川に対して同情を感じました。
サッカーの成功には、技術、戦術、体力といった目に見える要素だけでなく、心が大きな役割を果たします。もともと香川には、不安との戦いという精神面の課題がありました。欧州に渡ってからも、セレッソ大阪のコーチと連絡を取り合い、気持ちの切り替え方を試行錯誤していました。
香川は小学生の頃、父親とビデオで試合を振り返り、「ダメだし」を受けることが週末の恒例になっていたそうです。家族の話によると、褒められるより、しかられることが圧倒的に多かったといいます。高校2年でプロになり、セレッソ大阪の寮に入ってからも、負けた試合のビデオを食い入るように見ていたことを周囲の人たちがよく覚えていました。香川も慕っていた寮長は「熱心にビデオを見ていましたが、自分が活躍した試合や、勝った試合には興味がないようでした」と話していました。
この4年間、さらに経験を積んだ香川は精神面でも熟成し、「ネガティブ」に陥らないよう強くなったことでしょう。今度こそ、全力を出し切れたと思える試合ができるでしょうか。監督やコーチ、他の選手の言動も影響します。W杯が人間力の総力戦であることは間違いありません。(忠鉢信一)