日本航空のジャンボ機が墜落し520人が犠牲になった事故は12日、発生から33年を迎えた。墜落現場となった群馬県上野村の御巣鷹(おすたか)の尾根には早朝から遺族や関係者が集まり、山道を登った。尾根の斜面に点在する犠牲者の墓標や、「昇魂之碑(しょうこんのひ)」の前で手を合わせた。
墜落事故で失った娘へ 完成まで15年、千羽鶴を2人に
御巣鷹の尾根で慰霊登山 日航機墜落事故から33年
東京都の滝下政則さん(78)は、次男の裕史君(当時11)を亡くした。野球少年で、運動会では応援団長もする活発な子だった。
夏休みだったあの日。親戚宅に遊びに行きたいという裕史君を、滝下さんは、大阪行きの飛行機に1人で乗せた。羽田空港でせがまれてコーラを飲ませ、夫婦で見送ったのが最後になった。
毎年8月12日は、夫婦で尾根に登り、墓標のそばの木に赤いパーカを着せた。裕史君が大好きで、いつも着ていたから。最初は子供服のサイズだったが、月日とともに成長を想像しながら、SからMへと大きくしていった。
生きていれば44歳になる。体の成長は想像できるが、面影は11歳のままだ。どんな大人になり、どんな人と結婚したのか。それを見られない悔しさが募る。
12日、墓標にそばの木に新しい赤いパーカを着せた滝下さんは、手を合わせて、目を閉じた。「冬は寒くなるから、あったかい気持ちでいてね。また来るよ」(張春穎、篠原あゆみ)