10月11日は、ゲイやレズビアン、トランスジェンダーなど、自らの性的指向や性自認を周囲に公にした人々を祝う「ナショナル・カミングアウト・デー」だ。この日ができて今年で30年を迎え、著名人も続々とカミングアウトしている。世界を代表する大企業のトップを務める女性も、そんなひとり。決意のきっかけは部下のふとした言葉だった。
朝日新聞のインタビューに応じ、自身がバイセクシュアルであることを公にした経緯を語ったのは、インガ・ビールさん(55)。ロンドンに拠点を置く保険取引市場「ロイズ」の最高経営責任者(CEO)を2014年1月から務めている。創立から330年以上の歴史があるロイズで初の女性CEOだ。
ビールさんは07年、転職を機にカミングアウトした。前職で仕事に追われていた際、秘書にこう言われたことがきっかけだという。
「激務続きなのに、一人でよく乗り越えましたね」
ビールさんは当時、女性パートナーと暮らしていた。だが誰にもその事実を打ち明けていなかった。「私は一体、周りの人をどれだけだましてきたのだろう」。そう、自己嫌悪に陥ったという。
転職時の採用面接でカミングアウトしたが、「勇気がいることだったし、恐怖もあった」。だが、公表後は、隠し通す苦しみから解放されたという。ビールさんは現在、男性と結婚している。
ロイズのCEOに就いてからは、社内で「ダイバーシティー・スコアカード」をつくり、社員のカミングアウトなどを後押しする取り組みをしている。「ある男性社員は、息子がゲイだと明かしたとき、本当にホッとしているようだった」
組織のトップ自らがバイセクシュアルを公表することで、風通しの良い関係を目指しているという。
ビールさんは「カミングアウトの前は、自分も苦しめたし、当時のパートナーも苦しめた」と話す。「LGBTであることを明かせず苦しんでいる人はまだ大勢いる。人は十人十色で様々な生き方がある。ゲイでもレズビアンでも、社会全体が様々な考えを受け入れることが大事だ」(軽部理人)
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「ナショナル・カミングアウト・デー」の11日、性的少数者が働きやすい職場環境づくりの取り組みを表彰するイベント「ワーク・ウィズ・プライド」が東京都内で開かれた。2020年東京五輪・パラリンピック組織委員会など10の企業・団体が、優れた取り組みを表彰するベストプラクティス賞を受賞した。
今年5月に同性との交際を公表した経済評論家の勝間和代さんは「マジョリティーではないと公開した瞬間に職場や社会で攻撃されると、誰も公開しなくなり、(少数者の存在が)目に見えなくなる。(少数者が)マジョリティーの偽装をしなくてもいい社会、職場を皆さんと一緒に作り上げていきたい」とあいさつした。ゲイであることを公表した国文学研究資料館長のロバート・キャンベルさんもビデオメッセージを寄せた。
このイベントは同名の任意団体が主催し、今年で3回目。国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ、日本IBM、性的少数者の支援に取り組む2団体が中心でスタートし、16年に企業の取り組みを採点する「指標」をつくって公表するなど、誰もが働きやすい職場づくりを後押ししてきた。
組織委は16年、東京五輪をめぐる工事やサービスの提供に関わったり、公式グッズをつくったりする事業者に順守を求める「調達コード」を策定。その基本原則の中で、性別や性的指向による差別やハラスメントを排除するよう求めた。
今年3月からは、事業者を選ぶにあたりチェックリストを出すよう求め、社会的少数者が平等な権利を得られるよう支援しているかも確認している。今回の受賞では、こうした取り組みが「広く社会にインパクトを与えた」と評価された。
五輪をめぐっては、14年のソチ五輪でロシアの同性愛宣伝禁止法が差別法だとして非難を浴び、国際オリンピック委員会(IOC)が同年、五輪憲章の根本原則に性的指向による差別禁止を加えたいきさつがある。
このほか、代表取締役が業界団体の会議で性的少数者の雇用促進を訴えた「日の丸交通」などもベストプラクティス賞に選ばれた。(二階堂友紀)