横浜市で7月、母親が幼児2人を乗せて走っていた電動自転車が転倒し、抱っこしていた1歳の男の子が頭を打って亡くなる事故がありました。小さな子どもを連れての移動に便利な自転車ですが、子どもの命にかかわる危険とも背中合わせです。どうすれば悲しい事故やけがを防ぐことができるのか。みなさんと一緒に考えます。
【アンケート】子ども乗せ自転車
子ども乗せた自転車転倒、都内で過去6年1300人けが
雨の日・車道 怖いが通園
子ども2人を乗せた自転車が転倒し、母親に抱っこされていた男の子が死亡した横浜市での事故に関連し、自転車で保育園に通う妻子の安全を案じる投稿が「声」欄に載りました。投稿したのは、東京都大田区の会社員谷口基さん(37)。5歳、3歳、1歳の子どもがいる谷口家の自転車事情を取材しました。
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平日の朝7時。基さんと妻で看護師の千亜紀さん(36)は、子どもたちの世話や家事をしながら、慌ただしく出かける準備をしていました。
電車通勤の基さんは、ふだん7時半までに出かけなければなりません。子どもたちの保育園は、通勤経路と逆方向。月に1回ほど海外出張もあり、送迎はもっぱら千亜紀さんが電動自転車でしているそうです。
千亜紀さんと子どもたちが出かけるのは8時前。長男(3)と次女(1)を前後の座席に乗せ、長女(5)は小走りで、5分ほどの距離の幼稚園の送迎バス乗り場へ向かいます。長女を見送ると、自転車で15分ほどかかる千亜紀さんの職場近くの保育園へ。交通量が多く、トラックやバスが頻繁に行き交う国道も走ります。歩道は狭いため、走るのは車道。「車と接触しないか冷や冷やする。雨の日、歩道に乗り上げる時に段差で滑って転倒したこともあり、怖いです。自転車専用レーンがあればいいのですが」と千亜紀さん。保育園の荷物が多い週明けや週末は、特に大変だといいます。
また、自宅周辺は坂が多く、ブレーキの利きがすぐに悪くなるそうです。4カ月に1度は修理に出すなどメンテナンスには気を使っていますが、基さんは「利きが悪いまま乗っていれば、いつ悲惨な事故が起きてもおかしくない。重量があるせいか、パンクしたりスポーク(車輪の中心部から放射状にのびる針金状の部品)が折れたりしたこともある。自転車にも『車検』を導入するなどの対策が必要では」と話します。
横浜市の事故のことは、保護者の間でも話題に上ったそうです。幼児2人を乗せる場合、前後の座席に1人ずつか、1人を座席、もう1人をおんぶする乗り方は各都道府県の規定で認められていますが、抱っこに言及はありません。千亜紀さんの周囲は、サッと支度できて子どもの様子も見える「抱っこ派」が大半。「抱っこがダメと言われてしまうと、移動に困る」という声が多かったそうです。また「次女もそうですが、小さい頭に合うサイズのヘルメットがなかったり、子どもが嫌がってかぶってくれないと悩んだりしている親も多い」といいます。
「保育園不足の問題とも、つながっていると思うんですよね」と基さん。徒歩圏内に保育園は複数ありますが、千亜紀さんが育休を終えて復職した今年の春、2歳だった長男と1歳になったばかりの次女が同時に入れたのは、自転車で15分かかる今の園だけでした。基さんの同僚たちも「1歳になると入りづらいので、0歳のうちに入園させ、復職する人が多い」といいます。「ヘルメットをかぶったり座席に座ったりできるようになる前から、通園が始まる。近所の園に入れなければ自転車で行かざるを得ない」
谷口さん一家には来春、4人目の子どもが生まれます。自転車での安全な移動や通園は切実な問題です。(三島あずさ)
運転ルール 私も知らなかった 弁護士 高木良平さん
大人が幼児2人を自転車に乗せる場合のルールは、各都道府県の公安委員会が定めていますが、ルールには自治体ごとの違いや、あいまいな部分もあるのが実情です。
今回の事故があった神奈川県では前後の幼児用座席に1人ずつ乗せる場合のほか、1人を幼児用座席に乗せ、もう1人を「ひも等で確実に背負って」運転する場合に限って認めています。文言を形式的に解釈すれば、「背負って」とは「おんぶ」のことであり、「抱っこ」は認められていないことになります。お子さんが亡くなっており、母親の方が書類送検されたのはやむを得ません。一方、不起訴は賢明な判断だと一人の父親としては感じています。
私の住む東京都も同様のルールですが、実は私自身、抱っこが認められていないとは知りませんでした。私も長女(7)と次女(2)の子育て中で、長女が幼稚園に通う間はほぼ毎日、送り迎えをしていました。次女を家に残していけない時は長女を幼児用座席に乗せ、次女を抱っこして運転していました。
子どもが何をしているか分からないおんぶよりも、顔が見える抱っこの方が安全だと思っていたぐらいです。周りの親たちも、抱っこしながら運転しており、ルールを知らない人は多いのではないでしょうか。
ただ、今回の事故は、母親が手首にかけていた傘が自転車のフレームと前輪の泥よけの間に挟まったことが原因と思われます。抱っこをやめて、おんぶにすれば、危険な事故自体が防げた事案ではありません。
問題は、雨の中、子ども2人を乗せて保育園に行かなければならない状況だったこと。そんな状況にならないような支援を、行政や周囲がしていくことが大切だと思います。(聞き手・野村杏実)
安全情報 もっと受け取りやすく 日本総研主任研究員 池本美香さん
今回の事故では、子育てをする親に、ルールやリスクがしっかり知られていなかったことが一番の問題ではないでしょうか。自転車の乗車ルールは、子どもの命を守る上で、知っていなければならない情報です。それを知っていれば、違った行動をとれるかもしれません。
しかし、ルールを調べている時間的な余裕などないという親が多いはず。親が一人で頑張るのではなく、行政や親同士の声かけも非常に重要です。行政の役割の一つとして、子育てに関する有益な情報を効率的に集めることができる仕組み作りが必要ではないでしょうか。
日本では、どこを探せば信頼性が高く、子どもの年齢などに即した情報にアクセスできるのか、分かりにくいことが問題です。行政のサイトも縦割りで、どこにどんな情報が載っているのか、分かりづらいです。
例えば、ニュージーランドは教育省のホームページに、年齢別に知りたい情報を厳選してまとめています。「Smart Start」という別のサイトでは、子どもの生年月日を入れると、勝手にお知らせのメールが届く仕組みもあります。
国内でも、神奈川県など多くの自治体で、予防接種などを知らせてくれる電子母子手帳アプリが導入されています。こういったアプリで一元的に安全に関する情報を流せば伝わる可能性は高いと感じます。(聞き手・安藤仙一朗)
ヒヤリ経験 注意したいが
朝日新聞デジタルのアンケートに寄せられた声の一部を紹介します。
●「前かごに子供を乗せて、歩道の人を避けて車道に出て戻ろうとした時に、段差と平行に上がろうとしてしまい、横滑りして転びました。前かごの子供(当時2歳)はベルトとヘルメット着用だったのでけがはなく、びっくりして大泣きしたぐらいでしたが、自分があざと捻挫でしばらく足が痛い思いをしました。それ以来、私は転ぶ前提…で自転車を運転しているので、子供にはベルトとヘルメットは絶対しようねと言っています。ちょっとの距離でも油断はしないようにと思っています」(神奈川県・30代女性)
●「点字ブロックでバランスを崩すことが多い。雨の日は特に滑る。自転車の後部座席で子どもが寝てしまい、バランスが取りづらくなった。シートベルトをしたつもりが、きちんとベルトが締まっておらず、ヒヤリとした。段差でバランスを崩した際に自転車の重みで支えきれないので、スピードを出さないように注意している」(東京都・40代女性)
●「小さな子供を自転車に乗せたまま、銀行やコンビニの前に置いているケースを何度も目撃した。何かのことでバランスを崩して倒れるかもしれないと思うと不安で、親が戻ってくるまでつい見守ってしまったこともある。でも、注意はできなかった」(東京都・70代男性)
●「自転車の後部に1人、背中におんぶして坂道をこいでいた時、前輪が浮くようになって、倒れそうになった。何とか踏みとどまったが、怖かった。でも、車に乗れず、下の子を家に置いて上の子を幼稚園に送迎するわけにいかず、3人乗りもやむを得なかった」(京都府・50代女性)
●「横浜市の死亡事故が起きた後も、子どもを抱っこして自転車に乗る人をよく見かけます。子どもが小さい頃は私も同じことをしていました。危険だとわかっているのですが、毎日の幼稚園・保育園への送迎や駐車場がなかったり、交通手段がない場所への移動手段としては自転車はとても便利なのです。これだけ子ども乗せ自転車が普及した状況ではこれからも事故はなくならないと思います。解決策にはならないと思いますが、せめて抱っこやおんぶの乳児用のヘルメットがあれば良いのに、と思います」(神奈川県・40代女性)
●「子育て中の移動手段としてかなり重宝します。その代わりとても危険でできれば使いたくないというのも正直なところ。まず自転車自体が重たく、子供を2人乗せるとバランスが取りにくい。道が狭く歩行者を避けるのも難しい。車道を走るにも危険を伴う。保育園に通わせていると、とにかく荷物が多いのでどうにもならないことがある。特に布団の持ち帰り。2人の子供と通常の荷物と布団2組。家から保育園は遠いし、車も無いし、3人目は小さいし、雨なんて降っていたら最悪です。自転車を使わざるを得ないけれど、アスリートにもなった気分です」(神奈川県・30代女性)
●「上の子を後ろに乗せてから、下の子を前に乗せる。そうしたいが、上の子を後ろに乗せている間に下の子が自転車から離れて歩いてどこかに行ってしまう(まだ小さいため、目が離せない)。だからやむを得ず下の子を前から乗せています。難しいです」(神奈川県・30代女性)
●「こどもが生まれる前は、子乗せ自転車は危ない、自分は利用しない、と思っていました。でも、実際、こどもが生まれて、共働きのためどうしても保育園に預けなければならない状況になり、なおかつ、保育園が不足して待機児童が非常に多い地域に住んでいるため、家の近くの保育園には入れず、やむを得ず、保育園の送迎に自転車を利用しています(入所できた園は、大人の足で徒歩20分、車の送迎は禁止です)。周辺の道路状況も良くなく、これまで危ないと思う場面に何度も遭遇していますが、生活のためには、子乗せ自転車を利用せざるを得ない状況です。保育園事情が解決すれば、子乗せ自転車を利用する場面はずっと少なくなると思っています」(神奈川県・40代女性)
●「子どもを乗せて走っている自転車を傍(はた)から見ている自転車乗りです。車道の逆走、信号無視、一時停止違反など、基本的な交通ルールを守っていない方をよく見ます。非常に危険だと感じています。まずは交通ルールを改めて周知する必要があると考えます」(東京都・40代男性)
●「本来電動アシスト自転車は、子供を乗せる場合や坂道での負担軽減のためのものだが、現実にはただスピードを出すためのものとして利用されていることの方が多い。子供を乗せた電動アシスト自転車が猛スピードで爆走する光景がごく普通になっている。そういう自転車は大抵、子供の安全への配慮が欠落しているのみならず、すべてにおいて自分勝手で常識がなさすぎる。一定以上のスピードを出せなくしたり、子供のせの場合の安全対策をより一層強化するなど電動アシスト自転車の規格を見直すべきだ」(京都府・30代男性)
●「ドイツのミュンヘン在住です。こちらでは子連れ用の三輪自転車や自転車で牽引(けんいん)できるベビーカーが広く使われており、道路も自転車用の車線が用意されています。これなら子供を複数人乗せても安全です。日本でも移動販売などで三輪自転車は普及しているので、子連れ用に使えるようになれば転倒事故も減るのではないでしょうか」(海外・30代男性)
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