「吹奏楽の聖地」と呼ばれた普門館(東京都杉並区)の一般公開が11日、大盛況で幕を閉じた。5日からの1週間でのべ1万2千人の吹奏楽ファンらが訪れ、憧れのステージで最後のひとときを過ごした。
吹奏楽の聖地・普門館に作家の額賀さんら 来月取り壊し
特集:普門館
普門館では、全日本吹奏楽コンクール(全日本吹奏楽連盟、朝日新聞社主催)の中学校、高校の部が長年開かれた。イベントは普門館を所有する宗教法人「立正佼成会」が吹奏楽ファンへの感謝の思いを込めて企画した。
最終日の11日は朝から列ができ、午前10時に開場した。混雑を避けるため30分ごとの入れ替え制とし、約3800人が舞台に足を踏み入れた。
千葉県松戸市の介護職員、金井瞳さん(28)は妹の太田愛さん(25)と訪れた。「中学1年の時に全日本(吹奏楽コンクール)に出場し、舞台に立った。普門館がなくなるのは寂しいけれど、心にずっと残り続けています」と話し、普門館大ホールからの景色をカメラに収めていた。
この1週間、かつてこの舞台をめざした人たちが続々と訪れた。
「感無量ですね」
6日に来場した東京都葛飾区の会社員、高梨晃臣さん(51)は、37年ぶりにケースから出したフルートを手に思いに浸った。
高松市で過ごした中学時代に吹奏楽に打ち込んだが、夢の舞台にあと一歩及ばなかった。「楽器にこの舞台を見せてあげたくて。解体は何とも寂しいけれど、来られてよかった」
5千人収容の大ホールで初めて「大合奏」が起きたのは7日。豊南高校(東京都豊島区)の吹奏楽部有志がポップスの代表曲「宝島」のメロディーを鳴らすと、居合わせた他の来場者も加わり、曲が進むにつれて音が重なって壮大な響きがホールを満たした。高校生を軸にして広がる合奏は期間中に何度も起きた。
2012年に耐震上の理由で大ホールの使用が中止となり、全日本吹奏楽コンクールは会場を名古屋国際会議場(名古屋市)に移した。だが、普門館への思いは、現役の中高生にも息づいている。豊南高校の長田悠希さん(17)は「普門館は憧れの舞台。合奏を通して、様々な人と音楽をつくる喜びを感じた」と話した。
吹奏楽ゆかりの人も次々にやってきた。
「屋上のウインドノーツ」「風に恋う」など吹奏楽部が舞台の作品が人気の作家・額賀澪さん(28)は8日に訪れた。黒光りするリノリウムの舞台で時間を過ごす人々を眺め、「吹奏楽を題材に小説を書くのは、吹奏楽やコンクールにドラマがあるから。でも、このホールがなければ、これほどのドラマは生まれなかったかもしれないですね」。いつか、この7日間の物語を描きたいという。
オーケストラの指揮者として活躍中で、普門館が本拠地の「東京佼成ウインドオーケストラ」正指揮者の大井剛史さん(44)は10日、タキシードに身を包んで登場し、演奏に飛び入りで指揮をした。
栃木県内の中学校の吹奏楽部の出身。そのころに初めて買った吹奏楽コンクールのCDを聴きながら来たという。「クローズするからといって、こんなにたくさんの人が訪れるホールは、ほかにはない」
吹奏楽がつなぐ出会いもあった。横浜市の会社員、畑崎笑佳さん(25)はツイッターで「最後の普門館で合奏し隊」の仲間を募った。初めて顔を合わせた本番当日の10日、北海道や岡山など全国各地から50人以上が集まったという。
指揮をした仙台市の高校2年、鈴木拓海さん(17)は「とにかく楽しくて、すごく大きな経験になった」と目を輝かせた。
フィナーレが近づく11日夕。千人以上が集まったステージに、東京佼成ウインドオーケストラのトランペット奏者、本間千也さんら5人がサプライズで登場。金管五重奏で奏でた「聖者の行進」や「ディスコ・キッド」に、来場者らは静かに聴き入った。
アンコールでは会場全員で「星条旗よ永遠なれ」を演奏。一体感が味わえる定番のマーチを響かせて、普門館最後の合奏を締めくくった。
そして午後6時半。名残惜しそうに過ごす人々が残る大ホールに、閉館を告げるアナウンスが響いた。
「今までありがとうございました。普門館を忘れないで下さい」(魚住ゆかり、横川結香)