「吹奏楽の聖地」と呼ばれる普門館(東京都杉並区)が来月の取り壊しを前に一般公開され、大勢の吹奏楽ファンのほか、吹奏楽ゆかりの人たちも駆けつけている。
特集:普門館
「屋上のウインドノーツ」「風に恋う」など、吹奏楽部が舞台の作品が人気の作家額賀澪さん(28)は8日にやってきた。中学のとき、吹奏楽部で打楽器を担当していたが、これまで普門館とは縁がなかった。
「ステージの床が黒光りするとか、2階席の手すりが金色だとか、いろいろな話を聞いていて、『うわさの普門館』という感じでしたね」
大学に入るため上京したのは、普門館が使えなくなる少し前のこと。普門館を訪れる機会はなかった。
この日、黒く光るステージに初めて足を踏み入れたのは、ステージに居合わせた人たちが人気曲「宝島」を自然発生的に合奏している最中だった。
全日本吹奏楽コンクールのステージに上がった人、涙をのんだ人、「うわさの甲子園」にあこがれた人。普門館とのドラマがあった人たちが、こんなにたくさんいる、と感動を覚えたという。
あらためてホールを見渡すと、「うわさ」通り、独特のオーラを放つ空間が広がっていた。
「吹奏楽を題材に小説を書くのは、吹奏楽や吹奏楽コンクールにドラマがあるから。でも、このホールがなければ、これほどのドラマは生まれなかったかもしれないですね」
それぞれのドラマをそっと包みこむ普門館。「いつか、この7日間のドラマを書いてみたいです」
「カントゥス・ソナーレ」「大いなる約束の大地~チンギス・ハーン」などの作品が、全日本吹奏楽コンクールで数多く演奏されている作曲家鈴木英史さん(53)は、中学時代、普門館に出会った。
ヘルベルト・フォン・カラヤンがベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を率いて来日した際、ゲネプロなどをここで聴いた。「弦の音が、こまかい音まで全部聞こえてね。透明で美しい音を、今でも覚えています」
近所に住んでいたため、毎年、吹奏楽コンクールを自転車で聴きに来るようになり、高校時代に念願の東京都吹奏楽コンクールに出場。作曲家になって作品が数多く演奏されるようになると、審査員も務めた。思い出が詰まったホールだ。
鈴木さんは8日、ファンで埋まったステージを舞台袖から見つめた。「すごい人だね。これだけ愛されるホールはないんじゃないかな」。普門館での全国大会を知らない中学生、高校生もたくさんいる。「このイベントのおかげで、普門館はより広い世代の心に刻まれ、本当の聖地になるのかもしれないね。壊してしまうのはもったいないけど、形がなくたってきっと普門館は生き続ける。音楽と一緒だよ」(魚住ゆかり)