離島やへき地で患者を支える看護師を育てようと、鹿児島大医学部が独自の教育プログラムを進めている。どのように医療を暮らしに溶け込ませ、患者が望む生活を実現するか。離島での実習を通じ、在宅ケアに生かす「島ナース」らが誕生している。
「肺から、どんな音が聞こえますか」
10月上旬、鹿児島市の鹿児島大学病院の研修センター。専門家の指導を受けながら、看護師や看護学生らが患者役の人形に聴診器をあてていた。
同大医学部「島嶼(とうしょ)・地域ナース育成センター」による教育プログラムの一コマ。医療設備や人手が足りない離島やへき地では、看護師が聴診器を使いこなす診断が欠かせない。
プログラムは4年前に始まり、今年度が最終年度。参加者は、保健学科看護学専攻の学生や現役の看護師ら約70人で、これまでに13人が修了した。
「地域での暮らしを最期まで支える人材養成」と名づけられたこのプログラムは、終末期の在宅ケアにも対応できることが目標だ。技術だけでなく、患者が求める医療や暮らしを実現できるようにカリキュラムが組まれている。
例えば、1年目に沖永良部島である4日間の実習では、参加者は島の飲み会に参加し、地縁血縁が強い生活環境を肌で感じる。島民の自宅を訪れ、話を聞く。地域で暮らす「生活者」として患者に接する能力を養うためだ。
島やへき地の訪問看護ステーションに数日間滞在する実務研修は、年2回程度ある。食習慣や人間関係のあり方に対する価値観の違いを学ぶ「文化看護論」や、医療機関やヘルパーと連携の仕方を学ぶ科目もある。働きながら学ぶ現役の看護師たちはeラーニングが中心となる。
「熱測ってみよーいー」
10月下旬の奄美市名瀬。看護師の永井美紀さん(43)が方言を交え、自宅ベッドで寝たきりの女性(77)を訪問した。方言を使うのは本音で話しやすくなると感じるからだ。
永井さんは奄美大島の出身。現役の看護師として在宅ケアのあり方をさらに学ぼうとプログラムに参加。実習を通し、生まれ育った島の文化が看護の現場に生かせると気づいた。
「島唄」もその一つ。認知症の利用者でも、口ずさんだりスマホで流したりすると、手足が自然に動き出すことがある。支え合う島の文化も生かそうと、利用者と知り合いのヘルパーや近所の人と積極的に話し合い、情報を共有する。
「離島は不便なことも多いが独自の文化や伝統、人のつながりを生かした在宅医療や看護ができる。病院ではなく住み慣れた場所で生活したいと考える人を支えたい」と永井さん。
同じ奄美市の看護師、宮田智子さん(43)は今年5月、看護師が常駐する療育施設「キッズケアホームにこぴあ」を島に初めて設立した。病気の子らを世話する一方で、育児にかかりっきりの親を少しの時間、解放してあげたいという思いからだ。
10月下旬、宮田さんは心臓疾患などで歩行も会話もできない男児(5)を訪れ、歯を磨いたり顔を拭いてあげたりした後、施設で数時間預かった。母親はその間、買い物など自由に過ごすことができた。
プログラムで学んだ保育士や言語聴覚士らとの連携が役立っているという。「医療サービスが必要な子供を抱える家族が、少しでも島で安心して暮らせるように手助けをしたい」と宮田さんは話す。
鹿児島県は人口10万人あたりの看護師数は全国2位と多いが、地域の偏在が顕著だ。2016年時点で鹿児島市は約1600人の一方で、へき地や26ある有人離島ではその半数に満たない場所も少なくない。
鹿児島大の取り組みは、文部科学省が14年に始めた「課題解決型高度医療人材養成プログラム」の一事業で、同様に、それぞれの地域に貢献する看護師の養成を目指す大学が他に四つある。
在宅で治療や看護を受けながら生活する「在宅療養」に力を入れる信州大では、現役の看護師同士のグループワークで、がんや難病の患者らが病院から在宅へと移行できる方法などを身につける。高齢化や人口減少が続く山形県の県立保健医療大では、県内の小規模病院などと連携し、地域特有の健康問題にも対処できる看護師の養成に力を入れる。
鹿児島大の「島嶼・地域ナース育成センター」特任講師の金子美千代さんは「地方では、少子高齢化や医療現場の人手不足など日本の医療現場が抱える課題を先駆けて経験している。地域で暮らし、地域で最期を迎える患者を支える看護師がますます求められるだろう」と話す。(小瀬康太郎)