昨年末の米中首脳会談後、初の直接交渉として7~9日に開かれた次官級通商協議は、中国の輸入拡大などで一定の進展がみられた。ただ、知的財産の侵害など中国の国策に関わる「構造問題」の解決はまだほど遠い。米側では両国経済の「分断(デカップリング)」を図ろうとする動きが矢継ぎ早に起こり、米中通商紛争に端を発した不透明な投資環境は長引きそうだ。
中国商務省は10日、今回の協議について、「双方が関心を持つ問題の解決に向け基礎固めができた」との声明を出した。米通商代表部(USTR)も声明で、中国が米国からの輸入拡大を約束したことについて議論がなされたと公表した。
トランプ米大統領と中国の習近平(シーチンピン)国家主席が顔を合わせた昨年12月の首脳会談以降、米アップルが業績予想を引き下げ、ダウ工業株平均が乱高下するなど、通商紛争の負の影響が米側に波及。トランプ氏のよりどころだった米経済の減速が懸念されている。トランプ氏は、制裁として3月2日に予定する中国への関税引き上げを回避したいという思惑も強そうだ。
ただ、米政権や議会で勢いを強める対中強硬派にとって、通商協議の本丸は中国による知的財産侵害など「構造問題」の解決だ。
米側で通商協議を率いるのは強硬派の筆頭格、ライトハイザー通商代表。ライトハイザー氏は中国のサイバー攻撃などによる知財の侵害を「米経済の『未来』に対する主要な脅威」と位置づける。米経済への短期的な打撃は織り込んだ上で、技術流出を防ぐため、中国経済との「分断」を強く志向している面がある。
大型表示装置を手がけ、ユタ州ローガンに本拠を置く米企業「プリズムビュー」。巨大な鉄枠にはめ込んだ無数のLEDが発光し、作業員を照らしていた。同社の野外ディスプレーは、ニューヨークやラスベガスなどの目抜き通りに欠かせない。
「トランプ大統領のイメージキャラクターになってもいい企業なんだ。ここでものをつくり、販売後のサポートもする。それなのに関税の打撃を受けているのは我々だ」。ドン・シパニアック社長は嘆く。
米政権は7~8月、中国の知財侵害を理由に、輸入品計500億ドル分に第1~2弾の制裁関税を発動。米側が危険視する産業政策「中国製造2025」に関わる製品で、LEDを敷き詰めたモジュール(複合部品)も対象だ。プリズムビューは、米企業が中国でつくるLEDを仕入れて中国でモジュールを製造し、それを米国に輸入して組み立ててきた。そのモジュールが関税の「制裁」を受けている。
「LEDを中国でつくっているのに、(米中経済の)分断など不可能だ」。シパニアック氏は断言する。それでも、モジュール製造の拠点を中国からメキシコのサムスンの工場に移すと決めた。ディスプレーは大型化し、今後完成を見込む製品には、野外スタジアムの上部に円周上に画面を巡らせた超巨大事業もある。膨大なLEDが必要で、関税の影響が長引けば計画に大きく響く。
プリズムビューは15年には韓国サムスン電子の傘下に入り、その世界戦略の一翼も担う。研究開発やアフターサービスなどもうけの多い部門は米国に集めており、知財を中国に盗まれるリスクも少ない。従来のような米中経済の相互依存が前提なら、合理的な経営の好例だった。しかし、その前提が揺らぎ始めている。
米中経済の分断を危惧する声は両国から相次ぐ。中国の王岐山(ワンチーシャン)国家副主席は10日、北京で開かれた米国との国交正常化40年記念式典で、「われわれは新たな現実に適応し、今後も共通利益を模索、拡大し、現実的な協力を強化、促進していく必要がある」と述べた。ブルームバーグ通信が報じた。中国の崔天凱駐米大使は1日付の米紙USAトゥデーへの寄稿で「米中両国が『分断』するのは無責任で有害だ」と指摘。ポールソン元米財務長官も5日の講演で「米中経済は直接だけでなく(他国を介して)二重、三重につながっている。中国経済の悪化を望むのは危険だ」と強調した。
しかし、分断の動きは着々と進む。「製品や部品供給の結びつきや、外国の投資に伴って起こる脅威を食い止める。次世代通信規格5Gへの移行に伴い通信網を安全に保つため、同盟国とも連携する」。デマーズ司法次官補(国家安全保障担当)は昨年12月の米議会公聴会で強調した。米司法省が中国の経済スパイ活動を取り締まる政策「中国イニシアチブ」を指揮する人物だ。
米政権や米議会は、華為技術(ファーウェイ)や中興通訊(ZTE)などの中国企業が、人工知能(AI)や5Gなど軍事や諜報(ちょうほう)に直結する技術で台頭し、技術やデータが流出するリスクを警戒。8月に成立させた国防授権法で、米政府機関と取引企業に両社の機器やサービスを使うことを禁じたり、「対米外国投資委員会(CFIUS)」の権限を強め、中国からの投資を規制しやすくしたりした。
互いに入り組んだ製品供給網のなかで、中国がまだ米国製品に頼っているのが、AI競争のカギを握る最先端の半導体だ。米政権はこの中国の「泣きどころ」も突く。今春に米国から輸出規制の制裁を受けたZTEは、7月に解除されるまで経営危機に陥った。
米国からの輸出を規制する動きもある。司法省は米半導体大手マイクロン・テクノロジーから企業秘密を盗んだとして、中国の半導体メーカー「福建省晋華集成電路(JHICC)」も起訴。10月末以降、米国はJHICCへの部品輸出を規制した。
米商務省は半導体のほかバイオ、AI、量子コンピューター、3Dプリンター、ロボット、顔認証を含む探索技術など14分野について輸出規制の強化を検討。1月10日まで業界から意見を募り、実施されれば「分断」はより深まる。(ワシントン=青山直篤、北京=福田直之)