芸術に「感動」するとはどういうことか。心理学の専門家らが客観的な測定を試みている。心の動きを探ることができれば、魅力的な芸術展示やイベントを生み出すのにつながる。昨年11月下旬、松山市・道後温泉であった現代アートの芸術祭「道後オンセナート」での実験に同行した。
感情操作で社会誘導 専門家「結構コロッとできて…」
観客はいつ感動し、いつ冷めた AI情報が作り手に環流
「ほら、離されないで。背後霊みたいにぴったりついていって」
金沢工業大学の神宮英夫教授が冗談めかせて指示をとばすと、はしゃぎながら温泉街を歩く女子美術大学の学生たちの後を、リュックサックを胸に抱いた男女の大学生が追いかけた。
美大生の胸には、心電計の発信器が張り付けてある。追う神宮教授のゼミ生たちのリュックの中には受信器をつけたパソコンがあり、美大生たちの心拍数や動き、体温をその場でグラフ化し、記録している。
心拍間隔などから副交感神経の動きを把握し、芸術作品を見たときの緊張やリラックスの度合いを測る。美大生は、鑑賞直後と数カ月後のアンケートで、作品の感想を詳細につづる。この両方を照らし合わせて、「感動」と時間がたってからの記憶の関係を客観的に測る指標を作ろうという試みだ。
温泉施設の中庭で、美大生たちがツバキの花をかたどった真っ赤な立体作品の小さな穴をくぐり抜けて入ると、ゼミ生たちもすかさず続いた。夏目漱石「坊っちゃん」の文字を壁や天井や家具すべてに書いたホテルの一室、絵描きと一緒に粘土作品に色づけ体験、景品に豆本がもらえる射的……。2日間にわたって、温泉街を歩き回りながら記録を積み上げていった。現在は、記録をアンケートとつき合わせて分析中だ。
昨年に新潟県の「大地の芸術祭」でした実験では、緊張しながら鑑賞しているときの方が記憶に残ることが基本的に多いものの、一部でとてもリラックスしていても印象に残る作品があることがわかってきた。神宮教授は、緊張とリラックスが入れ替わるタイミングにその答えがあるのではないかと仮説をたてている。そうした「ギャップ」が感動にもつながる心の動きに作用すると考えるからだ。
神宮教授は金沢工業大に2007年、「感動デザイン工学研究所」を設置し、心理学的な手法と、脳波や心拍変動などの生理指標を組み合わせた研究をしてきた。今回の実験は、イベント企画設計制作会社がつくった「感動創造研究所」(東京)とともに、2年がかりで様々な芸術祭で鑑賞と計測を繰り返し、法則性を導き出すことを目指す。
「人の感じる感情や感動は、本人も意識しないで過ごしていることが多々ある。生理指標をうまく活用できれば、雰囲気でとらえられがちな『感動』を、もう少し客観的な指標でとらえられるでしょう」(上田真由美)