30年前、新元号・平成と同じ漢字の地名だと脚光を浴びた岐阜県武儀(むぎ)町(現・関市)の平成(へなり)地区。「平成」がもたらした大フィーバーは、単なる騒ぎでは終わっていなかった。 岐阜)地区の名は、平成。変わったもの、変わらぬもの 「びっくりこいた」 町の広報誌にそんな言葉が踊った。今から30年前の1989(平成元)年、岐阜県武儀(むぎ)町(現・関市)に全国から人が押し寄せた。理由は町内の小さな集落。わずか9戸がシイタケを育てながら静かに暮らしていた地区の名が、新しい元号と同じだった。 「平成」と書いて「へなり」と読む。元号と同じ漢字表記というだけで、「一目見たい」と、連日、観光客が訪れた。「狭い道を観光バスが何台も上がってきた」。地区で生まれ育った長谷部真澄さん(60)は振り返る。 急ごしらえのお土産コーナーには、特産のシイタケだけでなく、にわか平成グッズが並んだ。平成の里弁当、平成テレホンカード。地名が入った林道の標識が盗まれ、似せたプレートを作ったら、飛ぶように売れた。 ブームは3年ほどで終わった。元の静かな里に戻るか、と思いきや、違った。少子高齢化、過疎。地元の将来を考えると、そんな言葉が口をついた時代。降って湧いたような「平成ブーム」を生かそうと地元は立ち上がった。 新たな挑戦として、武儀町は91年、「日本平成村」を名乗った。「地球でいちばん素敵ないなかまち」をキャッチフレーズに、手作りの村作りを目指した。「日本平成村」は現在、住民が知恵とお金を出し合い、地域を良くしていくためのNPO法人になった。 今も続く「村」が毎年出している活動報告には、様々な事業が並ぶ。電話一本で玄関から目的地まで運んでくれる福祉運送サービス、高齢者にふれあいの場を提供する「ほがらかサロン」……。いずれも住民たちが、地域の今と将来を見つめ、整えてきた。 地域の拠点になったのは道の駅だった。96年に開業した「道の駅平成」には、地元自慢の原木栽培のシイタケ園ができた。敷地内のそば処では、シイタケでだし汁を取ったおいしいそばが味わえる。シイタケスナックは新たな名物になった。 足湯もある。裏山には気持ちの良い散策コースも作った。焼きたてのパンを食べてもらおうと、パン工房もできた。開業当時から働く川島京子さん(63)は「どうやったら笑顔で帰ってもらえるか、リピーターになってもらえるか。そればかり考えていた」。 昨年12月中旬、道の駅の駐車場は、ほぼ満車状態だった。「名古屋」「尾張小牧」「静岡」と、県外ナンバーも目立つ。「平成ブーム」の時ほどではないものの、地域の拠点には今、年間60万人が訪れる。 川島さんは最近、新たな活動に加わった。昔話を掘り起こし、地域活性化につなげる「武儀のむかし話伝説ロマン・ウォークの会」。昔話を本にまとめたり、円空の漫画本を作ったり、みんなで考えながら活動している。 「この辺には何もないと思っていた。でも、あの騒動をきっかけに、山があり、川もあるんだと改めて気がつきました」 新しい時代と共にやってきた大フィーバーは、住民たちが地域と暮らしを見つめ直し、考えるきっかけを作った。 取材後記 ブーム後も魅力を育ててきた 官房長官として「平成」の新元号を発表し、今も「平成おじさん」の愛称で親しまれる小渕恵三・元首相の出身地近くで育った。小渕氏の記憶とともに印象に残っていた平成地区をいつか訪ねてみたいと思っていた。 当時、観光客でごった返した山里は、すっかり静けさを取り戻し、豊かな自然が迎えてくれた。平成自然公園は森林浴や小川のせせらぎが楽しめ、平成そばはシイタケのだしが利いている。この地域は「平成」の名がなくても人を引きつける力があり、30年の時を経て、時代に流されない魅力を育てていた。(山野拓郎) |
「びっくりこいた」ブーム今も 岐阜・平成地区の30年
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