片山津といえば、最初に思い浮かんだのは塩っ気の多い温泉だ。柴山潟をのぞんで立つ明治25(1892)年創業の温泉旅館「湖畔の宿 森本」(石川県加賀市片山津温泉)に評判の「若女将(おかみ)」がいると聞き、訪れた。
出迎えてくれたのは、女将の森本啓倭子(けいこ)さん(68)と長女の遠藤美咲さん(36)。そして、2人の傍らで、美咲さんの長女で市立片山津小学校1年の莉々(りり)さん(7)が照れくさそうにしている。実は、莉々さんこそが宿泊客の出迎えやお見送りなど旅館の仕事を手伝う「若女将」だ。「お手伝いは楽しい」と可愛らしくはにかむ。美咲さんは「常連客さんが、この子の成長を楽しみにしてくれています」。
片山津温泉で森本のように代々続く老舗旅館は、バブル経済の崩壊や後継者不足などで減り、3軒のみになったという。お客のために神経を使い続ける旅館の仕事。「旅館が嫌で、普通の家に生まれたかった」と若き日を振り返る美咲さん。大学進学で上京してそのまま就職したが、10年ほど前に片山津に帰ってきた。「やっぱり自分の居場所はここだ」
現在は旅館で主にプランニングなどを手がけ、加賀温泉郷をPRする女性たちのグループ「レディー・カガ」の一員でもある。愛娘には外国人客に対応できるように英語を、そして接客に大切な笑顔を養うためにチアダンスも習わせている。
仕事について「旅館の中で暮らすうちに、徐々に体に染みてくるもの」と啓倭子さん。莉々さんは学校の宿題も事務所でするなど、旅館になじんでいる。「お母さんとおばあちゃんを見ていて、旅館のお仕事に興味が出てきた」。30人ほどの従業員もよく面倒をみてくれるそうだ。美咲さんは「莉々に、『絶対継げ』とは言いません。でも自然とやりたいという気持ちになってくれればいいな」。
温泉街の取材では廃業旅館や人手不足など暗い話題をよく耳にするが、莉々さんの無邪気な笑顔に、明るい未来が見えたような気がした。(木佐貫将司)