一連の医学部不正入試問題に関連し、「進学や就職で性別を理由に差別されたことがあるか」を朝日新聞デジタルのアンケートで尋ねたところ、「ある」または「身近で見聞きしたことがある」が合わせて8割に達しました。教育現場での差別や男女格差が何をもたらすのか、専門家に聞きました。独自の教材を活用する滋賀県の取り組みも紹介します。
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「女だから」と進学否定
アンケートには、性別を理由に進学や就職で差別されたという体験談が多く寄せられました。その一部を紹介します。
●「現役理系大学生です。聞いた話や経験をいくつか。外部の院を受験しようと、研究室に見学に行った友人が、博士後期に進むかどうか悩んでいるとその研究室の教授に相談したとき、『ドクターは就職ないから大学にいるうちに結婚相手を見つけないとね~笑』と言われたらしい。友人は笑っていたが、それはバカにされているのでは?と後からその話を聞いた私は思った。第1志望の大学に受からなかったとき、浪人しようか悩んでいたが、親から『女の子は浪人しないほうがいいよ』と言われ、まだ若かった私は『そういうものなのか』と信じて受かったところで勉強している。浪人すればよかったかもしれないと今は思う」(東京都・20代女性)
●「大学進学の際に、祖父から『女の子がそんなに学歴ばかり求めてたら結婚できなくなるぞ!』と言われたことがあります。地方出身だからかもしれませんが、女子という理由で勉強の機会を否定されることに強い憤りを感じたのを覚えています」(東京都・20代女性)
●「高校時代、理系を希望する成績優秀な女子生徒が文系の学部を受験するよう指導されていました。自分自身も、先生たちから『女子は伸び悩む』と言われ続け、真に受けて成績を落としてしまいました。これが一番心に残っている差別的な偏見です」(長崎県・20代女性)
●「女の子なんだから危険を避け冒険を控えるべきだ、女の子は男より優秀じゃない方が可愛がられる、女の子は親の近くに住んで親の老後の世話をすべきだ、女の子はいずれは結婚して出産して家事育児を担うのが当然……といった価値観が当たり前のものとして広く受け入れられており、女の子を縛っている。女の子にもやりたいことに挑戦させ、能力を存分に発揮させる社会であってほしい。自分より優れた女性は恋愛対象にならない、という男性たちの顔色をうかがいながら、バカな女のフリをするのはもう私たちの世代で終わりにしたい」(岩手県・40代女性)
●「医学部は雲の上でしたが、高校時代は数学が得意で理系に進む予定でした。しかし男女両方から、女のくせにと言われ嫉妬され数学がクラスでトップと発表される度に友人関係が悪くなり、文系に進んでしまいました。似合わない文系の世界で、居場所を見つけられないまま今日まできました。男性と同じことをしたい目的はありません。自分に適した道に進みたかったと思います。リケジョがあまり増えないのは、その芽をつんでしまう人がいるからではないかと思います」(兵庫県・50代女性)
●「大学進学時に、先生や親族から『女の子は東京の大学になんか行かなくていい』と言われた(四国出身)。就活の時に、産休育休の取りやすい会社を選び就職したが、周りの男子学生は子供ができた時のことなど考えず就活をしていてうらやましく、不平等に感じた」(東京都・20代女性)
●「今まで女性だからと諦めてきたことばかりだが、ようやくそれがおかしいことだと世間でも認識され始めた。まず進学では、『社会に出て学歴がなく苦労するのは男だから』と弟に進路を譲った。私の方が勉強できたのにだ。就職でも、女性は一般職しかなく、給与や昇進で明らかな差別があった。そして、仕事は結婚後に辞めるのが当然だった。仕事が楽しくて辞めたくなかったが、続けることは自分のワガママ。我慢することが立派な人間なのだと思い込むしかなかった。結果、学歴もない、大した職歴もない、自信をなくしてしまった女の出来上がり。ここからはい上がる方法も見つからず、毎日派遣社員として小さくなって生きている」(広島県・50代女性)
●「過去、公的職場で働いていた時、とても良い人が人事担当者をしていたのですが、そんな人ですら新卒者からの問い合わせがあった際に『今度も女性からです』とガッカリした口調で上司に伝えていたことを思い出します」(兵庫県・60代男性)
●「育児、介護などのケア労働が当たり前に女性の仕事だと考えられ、育児・介護職の人の賃金も低い。社会全体で意識を変える必要がある。企業の管理職や議員などは、ジェンダーの講義を受けるべきだと思う。今までの当たり前が覆される」(京都府・10代女性)
●「2人の娘の将来を考えると今の状況は不安でしかない。年功序列もなく、男女の差別もないフラットな社会が望みだ」(東京都・50代男性)
●「高校生の頃、女子は特定の科目を『選んではいけない』という決まりがあり、そういう差別はおかしいと思いました。就職で『ここは従業員は女性だけだから』という理由で特に食品工場とか清掃工場などで多数の求人票への応募を断られました。幼い頃、母親が昔の職場で使ったものを机から出してきて『本当は結婚しても仕事を辞めたくなかった。どうしても辞めろと父親(夫)から言われて仕方なく辞めた』と泣いていた。私は『なんでそんな要求する父親と結婚したのか』と不思議に思った。長男の私が結婚で名字を変えたら親から激しくののしられた。親戚からも当てつけのような対応を取られた。女性が変わらないと男の私だけで現状は変えられない」(静岡県・50代男性)
●「私は病院で薬剤師として勤務しています。周りには優秀な女性が多く、男性は肩身が狭い思いを30年続けています。たぶん、一般的な仕事をしている女性が感じる疎外感や不利益を多くの男性よりも感じていると自負しています。もっともっと男女が特性に合わせて活躍できる社会にしていきたいと思います。最近、女性管理職を増やす目標があります。女性だからという視点でなく、職業人として男女公平にしてほしいです。ちなみに私の勤務する組織の薬剤部門の管理職はほとんどが女性です」(神奈川県・50代男性)
原因は家庭・学校・企業・国
世界銀行やユニセフでの勤務経験があり、教育とジェンダーに詳しいNPO法人サルタック理事の畠山勝太さん(33)に、教育現場での男女格差について聞きました。
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1970年には全ての先進諸国で男性の方が多く大学へ進学していましたが、今はほとんどの国で女性が上回っています。一方、今年度、日本の大学生は男性が56%、女性が44%。大学院修士課程の入学者では男性70%、女性30%です。女性の割合は、先進諸国で最低レベル。東大の学生の男女比も8対2です。なぜ、こんなに開きがあるのでしょう。
さらに注目すべきは、科学、技術、工学、数学といった理系分野を専攻する女性の少なさです。高学歴の女性、理系で学ぶ女性が少ないことは、何が問題なのでしょうか。
一つは、男女間の賃金格差が解消しないことです。日本企業では、いまだに出身大学が重視される傾向があり、昇進・昇級にも差が出ます。科学や技術分野は他の教育分野に比べて収入が高いというデータがあります。この分野に進学・就職する女性が少ないと、男女の賃金の差はなかなか縮まりません。国会議員や裁判官をはじめ、指導的・専門的な立場に就く女性が少ないことにもつながっています。
日本で男女間の教育格差が埋まらない原因は大きく四つあると考えます。家庭、学校、企業、政府です。
家庭で「女の子なんだから、そんなに勉強しなくても」と言ったり、学校で「女子は手に職をつけられる仕事に」という進路指導がなされたりしていませんか。直接的・間接的に、「女の子らしくない」進路を諦めさせていないでしょうか。
経済協力開発機構(OECD)のデータを見ると、日本の労働者は男女で同じスキルを持っていても、女性のスキルが職場で生かされていないだけでなく、受けている研修にも差があり、同じ大学を卒業していても、昇進・昇級のスピードが違うと考えられます。
配偶者の扶養からはずれ、自ら健康保険や厚生年金の保険料を支払うことになる「130万円の壁」など、女性の働き方を抑制させるような税制も政府は放置したままです。こうしたことが女子の学ぶ意欲にも影響していると考えます。
男女間の格差は、さまざまな要素が複雑にからみ合った問題であり、特効薬は存在しません。社会全体が差別に気づき、さまざまなレベルで改善をめざすしかありません。(聞き手・栗田優美)
性別で選択挟めぬ教育
子どもたちが性別による固定的な役割分担意識にとらわれず、多様な生き方ができるように。先生たちも性別による偏見や思い込みを持たずに指導にあたれるように――。滋賀県では20年前から、小、中、高校生向けに県独自の教材と、教員向けの手引をつくっています。どのような内容なのでしょうか。
例えば小学生向けの副読本では、料理や掃除、子どもの世話など、家庭内でそれぞれ主に誰がしているかを書き込むページがあり、気づいたことを話し合ってみよう、と呼びかけます。手引には、夫の家事・育児時間の国際比較のグラフなどが載っており、「『家事は女性の仕事』とする風潮が長く社会に存在してきたこと、今でも残っていることを伝える」などと指導上の留意点が書かれています。
また、女性消防士や男性保育士の姿も紹介されています。手引には、「『男の人の仕事』『女の人の仕事』というようにみえても、ほとんどは『性別は関係ない仕事』であることに気づかせる」と、指導のポイントが示されています。
高校生向けの進路指導用の教材では、「(将来を考える際に)『男だから……』、『女だから……』などと、周りの人から言われたり、自分自身で思ったりしていませんか?」と問いかけ、自分の特性や本当の気持ちに向き合って進路を考えさせるつくりになっています。3児を育てながら仕事を続けている女性や、1年間の育休をとった男性からのメッセージも掲載。手引では「性別を選択の基準にして、選択の幅を狭めていないか考えさせる」ことなどが、指導のポイントとして挙げられています。
県女性活躍推進課によると、社会の動きに合わせ、数年ごとに内容を改訂。グラフなどのデータは毎年更新しています。小学5年、中学2年、高校1年の全員分を毎年、県内の全校に配布。昨年度は72・5%の学校で活用されました。
文部科学省も新年度、滋賀県と同じような目的で、若者向けと教員向けの教育・研修プログラムの開発に取り組みます。「次世代のライフプランニング教育推進事業」として、新年度予算案に3400万円を盛り込みました。
世界経済フォーラムによるジェンダーギャップ(男女格差)の国別ランキングで、日本は149カ国中110位(2018年)と、毎年低い評価が続いています。同省の担当者は「日本は政治や経済分野で、意思決定をする立場の女性比率がとても低い。背景として、学校現場で無意識のうちに、男女の役割に対する固定的な価値観が植えつけられている実態があるのではないか」と指摘。まずは、全国の中学校や高校を対象に、校長や生徒会長の男女比、進路指導などの場面で「無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)」がどのくらい影響しているかなど、実態調査をする方針だといいます。(三島あずさ)
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