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酒瓶が棚から飛んだ 6千万円被災、再起したソムリエ

作者:佚名  来源:本站原创   更新:2019-3-11 11:00:58  点击:  切换到繁體中文

 

東日本大震災で実家が営む酒店の閉店を余儀なくされた水戸市の女性が、ワインを中心とした販売店の社長として再起した。社員5人の小さな店だが、自身を含めて3人がソムリエ資格者。全国規模の小売店表彰で最優秀賞を受けるなど、高いサービスが評価されている。


水戸市の住宅街にある「ワインデマミ」。約140平方メートルの店内は、世界各国のワイン約1千種で埋まる。遠方から足を運ぶ常連客も多い。社長の植田真未さん(46)は感慨を漏らす。「被災で打ちのめされたときを思うと、ここまでできるとは……」


あの日、父が経営する市内の酒店でお客への対応をしていた。震度6弱の激しい揺れ。棚から瓶が飛ぶように落ち、破片は床から30センチほど積み上がった。在庫商品の被害だけで約6千万円。地震保険に入っていたが、後日に商品は対象外だと知った。


前年の2010年秋、税理士から「借り入れ内容がおかしい。お父さんは認知症ではないか」と言われた。経理を見て初めて店の財務の厳しさを実感した。「どうしたらいいの」と悩んでいたところへの震災だった。


被災者向けに使えそうな飲食料品はすべて100円で販売。ラベルが傷つくなどしたため特価にした「被災ボトル」は、各地から注文が入った。だが、頑張りもそこまでだった。夏には取引先に事業整理の意思を伝えた。4人の社員が再就職を済ませた12年1月に閉店、破産手続きに入った。



都内の有名フレンチレストランに勤めていた97年、「茨城にワインを根付かせたい」という思いから帰郷した。家業を手伝う傍ら、国内外の産地を巡り、ワイン文化に関わる様々な資格を取得。セミナーやイベントの講師として飛び回っていた。


閉店後の進路に就職も考えた。ただ、認知症が急速に進んだ父の世話を考えると時間の融通が利かない仕事は難しかった。迷った末に「食べられる程度の稼ぎがあればいい。もう一度店を開こう」と決めた。


実家は一般的な酒屋だったが、自身の経験を生かすためワイン専門店にした。市街地に借りた古い店舗を、自身の貯金をはたいた100万円で改装。12年5月に元社員と2人でスタートした。


ワインを販売する際、「思いを伝えるため」に生産地や作り手、味の特徴など、詳細な情報を載せたリストをつける。飲食店から頼まれれば従業員向け研修も応じる。店頭には必ずソムリエの有資格者を置き、お客さんの相談に乗れるようにしている。


きめ細かいサービスが認められ、顧客の飲食店は約500軒。毎日の配達は50~100件に上る。「実家の商売で迷惑をかけたのに、多くの人たちが助けてくれた。本当にありがたいです」


店舗移転を余儀なくされるなどの曲折はあったが、最近うれしい出来事があった。独創的で優れた経営成績を上げているとして、今年2月、食料品小売店を対象にした全国表彰で、最高の農林水産大臣賞を受賞した。


シニアソムリエとして、日本ソムリエ協会茨城支部長も務める。「震災後、本気で死ぬことを考えた。でもそんな経験があったから生まれ変われたと思っています。ワインを通し、少しでもふるさとの水戸市中心部に活気が出る活動をしていきたい」(重政紀元)



 

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