確定した死刑判決の再審開始が認められた後に取り消された袴田巌さん(83)を題材に、岩波書店の月刊誌「世界」と「WEB世界」に連載されたジャーナリストの記事に、袴田さんの支援者の男性(73)がまとめた手記の内容と酷似した記述が複数あることがわかった。男性から抗議を受けた同社は「不適切だった」として男性に謝罪した。
記事はジャーナリストの青柳雄介氏が執筆し、「世界」の2017年1月~18年12月号に計22回連載された「神を捨て、神になった男 確定死刑囚・袴田巌」と、WEB世界に掲載中の「はかまたさん」。この中の複数の場面で、釈放後の袴田さんに支援者の男性がインタビューしてまとめた手記の内容と酷似している記述があった。男性は、出版の相談のために青柳氏に手記を渡していたという。
たとえば「世界」17年12月号では、釈放時の感想について「本当か、ということ。『釈放する』なんて言われて東京拘置所を出てきたが、信じられるもんじゃねえ」と記述。男性の手記の「本当かーということ。現実がね。釈放するなんて出てきたが、東京拘置所を出てきたが。信じられるもんじゃねえ」という内容と似通っている。記事では、青柳氏が袴田さんに質問したように書かれていた。
男性は昨年秋、岩波書店に「少なくとも6カ所で手記の内容が無断で使われている」と抗議。同社は「指摘された問題が連載文中に含まれている」と認めて謝罪した。男性は訂正記事の掲載を求めたが、同社は「掲載から時日が経過している」などとして応じていない。「WEB世界」の記事の該当箇所については削除した。
男性は「手記の内容を記事に使うとの説明はなかった」としたうえで、袴田さんは長年の拘禁生活で会話もままならないことが多いとして「袴田さんが記事に反論できない中、青柳氏の質問に袴田さんが詳細に答えているかのような記述は袴田さんの誤った実像を伝えている。袴田さんや読者に説明すべきだ」と話す。
青柳氏は朝日新聞の取材に「(手記の)利用にあたっては許可を取っていたつもりだった。合意があると思っていたのでその部分を使わせていただいた」と説明。岩波書店は「双方の主張には一部食い違う部分も存在しているが、出典を明示しなかったことや、男性本人および手記について言及しなかったことはたいへん不適切だった」としている。(高橋淳)
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1966年6月30日、静岡市清水区(旧清水市)のみそ会社専務一家4人が殺害、自宅に放火され、会社の従業員で元プロボクサーの袴田巌さんが強盗殺人などの疑いで逮捕、起訴された。袴田さんは裁判で無実を訴えたが、80年に死刑が確定。2度目の再審請求で静岡地裁が2014年3月27日、再審開始を決定。袴田さんは釈放された。検察が即時抗告し18年6月、東京高裁は釈放を維持したまま再審開始決定を取り消し、審理は最高裁に移っている。
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