東日本大震災の津波で米アラスカ湾まで流され、親切なアメリカ人に拾われたサッカーボール――。そんな実話をもとに、福岡市南区の翻訳家、飼牛(かいご)万里さん(71)が短い物語を書き上げた。先月、「サッカーボール海を渡る」(挿画・久保丈子さん、海鳥社)として出版。被災地の岩手県陸前高田市の小中学校に寄贈したところ、「希望のメッセージが詰まった本」と感謝のはがきが届いた。
震災から1年経った2012年3月、米アラスカ州の技術者デビッド・バクスターさんは、寄せ書きのあるサッカーボールが海辺に漂着しているのを見つけた。妻が日本人だったことから、ボールに書かれた文字を頼りに持ち主を探し、陸前高田市の高校生までたどり着いた。
飼牛さんはこのニュースをネットで知り、「すぐに物語が書きたくなった」。小学生の頃、医学の研究で渡米する父親に連れられ、船で太平洋を横断した。大海原にぽつりと浮かぶ船に乗った感覚を思い出し、「ひとりぼっちで海を渡るボールを主人公にしよう」とひらめいたという。
物語は約30ページ。東北のある町で、少年に大事にされていたボールがある日突然、「真っ黒い水」に襲われ家ごと流されてしまう。大海原を漂ううち、親切なクジラや深海魚に助けられ、米アラスカまでたどり着くというストーリーだ。
真っ暗な夜の海、怖がるボールを月が優しく照らす場面も描かれる。「孤独に負けそうになっても、きっとどこかで見守ってくれている存在がいるはず。そんな希望のメッセージを込めた」
飼牛さんは出来上がった本を陸前高田市の小中学校10校に寄贈した。同市立高田第1中学校の小野寺哲男校長は、11日午後に開く全校集会で「親や家族を亡くした子もいる生徒たちに、何を語るべきか」と悩んでいたところ、この本が届いたという。
物語から「希望のメッセージ」を受け取った小野寺校長は「生徒たちがサッカーボールのように、『空高く舞い上がる』力を身につけてくれることを願い、率直に語ろうと思います」と、飼牛さんにお礼のはがきを出した。
本には同じ物語の英語版も収録。国際文化交流の仕事をしてきた飼牛さんは「世界の人々に、東日本大震災から生まれた物語を知ってほしい」と話す。(上原佳久)