日本経済新聞社の広告局の社員がインサイダー取引で東京地検特捜部に逮捕された。法定公告の制度を悪用し、紙面化する前の法定公告の情報をもとに株式を売買していた。
法定公告は、特定の人たちだけが情報を入手し、利益を得ることを防ぐための制度だ。インサイダー取引が起こらないようにするための仕組みなのだが、それがインサイダー取引に利用された。
公告の掲載を依頼する企業は、公告の内容が絶対に漏れることがないと信じて新聞社に発注する。新聞社の取材に多くの人が協力してくれるのも、広く公平に情報が伝わることを期待しているからだ。ところが、この信頼と期待が裏切られてしまった。
日経新聞は、この社員を懲戒解雇し、検証の内容と再発防止策を紙面で報じている。その中では個人の犯罪であることが強調されているが、影響は言論報道機関としての新聞全体におよぶことを認識すべきだ。
インターネットを使った情報伝達が広がる中で、公告制度も変化している。法律の改正により、日刊新聞や官報に限られていた公告の掲載媒体が、事前に定款で定めておくことを条件に、企業のホームページに掲載する電子公告でもよくなった。
ところが、企業のホームページを日常的にチェックし、電子公告を見ているプロのような株主ばかりがいるわけではない。
経営再建を進めていたカネボウは今年4月に日用品など中核の事業部門を営業譲渡することを、電子公告としてホームページに掲載した。しかし、それを知らず、反対表明の機会を失ったため、持ち株を会社側に買い取ってもらうことができなかったとして、株主たちが、政府に改善を要求するということも起こっている。
業績修正など重要情報の開示でも問題が指摘されている。企業が直接、投資家に情報を提供するのは、報道機関に発表した後12時間が経過することが条件となっていた。報道を通じ情報を公平に伝えるための措置だった。
その結果、重要事項の発表内容は報道機関のチェックを受け、投資家に伝えられる仕組みができていた。しかし、いまでは企業が電子メールで開示資料を証券取引所に送り、取引所がホームページで公開すれば情報開示は完了する。
報道機関への発表の義務はなくなったが、ライブドアのように決算発表は深夜にネット上で公開するだけという企業も出てきた。企業の発表内容のチェックのあり方が問題となっている。
情報開示について新聞など報道機関が果たしてきた役割を再評価する動きと言える。しかし、今回のインサイダー取引事件は、こうした動きにもマイナスの作用を及ぼすことになるだろう。
日経新聞社員の逮捕は、証券取引等監視委員会の告発を受けて行われたが、金融行政に対する日経新聞の言論活動に、事件が影響するようなことがあってはならないことは、言うまでもない。
毎日新聞 2006年7月27日