米IBMの研究チームが,単一原子の磁気方向を逆転させるのに必要なエネルギ量の計測に成功した。IBM社が米国時間9月9日に明らかにしたもの。同社では,スピンと呼ばれる物理現象を電子工学に応用する“スピントロニクス”の発展に寄与するとみている。
スピンとは,電子や原子が“アップ”または“ダウン”のいずれかの状態を持つ現象のこと。物質内でスピンの状態がどちらか一方にそろうと,磁気が生じる。ほとんどの物質はアップ状態とダウン状態の電子の数が等しいので磁気を打ち消し合ってしまい,全体としては磁気を持たない。しかし,鉄やコバルトなどはアップとダウンの数がそろわないため磁気を帯びる。現在の電子工学では一般的に電荷のみを利用するが,スピントロニクスではスピンの応用を目指している。
同社研究チームが計測したのは,マンガン原子1個のスピンの向きをアップからダウンに変えるのに必要なエネルギ量である。
計測に使用した手法は,非弾性電子トンネル分光法を磁気に応用したもので,研究チームは「single-atom spin-flip spectroscopy(単一原子スピン反転分光法)」と呼ぶ。まず,磁気を帯びた単一原子に対し,スピンをある方向に決めるため強力な磁界をかける。次に,非磁性状態にある走査型トンネル顕微鏡(STM)の先端を,対象原子の上部に配置する。ここで電圧をかけると,先端から磁性原子に向かって電子が流れる(トンネル効果で移動する)。
ほとんどの場合,流れた電子は原子を通過してしまう。しかし,電圧が十分高いと一部の電子が原子にエネルギを渡し,スピン反転を引き起こすとともに,電子の流れを増加させる。電子の増加が発生した電圧を測ることで,スピン反転に必要なエネルギ量を知ることができる。
研究チームの実験では,エネルギ量は最初の磁界の強さによってやや異なり,約0.0005電子Vだったという。これは,単一の水素分子結合に比べ1万分の1未満の大きさである。
「(スピントロニクスなど)まったく新しい回路でナノ・スケールの特性を工学的に利用するには,さまざまな環境下で少数の原子による磁気的な振る舞いに関する基礎知識を得る必要がある。我々の開発した新しい技術は,こうした振る舞いをより詳しく,従来よりずっと正確に把握できる」(IBM社アルマデン研究センター研究スタッフのAndreas Heinrich氏)
研究の詳細は,科学雑誌「Science」のWeb版「Science Express」の9月9日号に掲載する。 |