男同士カウンターの店で飲んでいた。隣席に３０代と思われる女同士が座っていた。

　男同士の話はすぐ途切れる。女同士の話は延々と続いている。ぼくの耳に女同士の会話の断片が入ってくる。どうやら彼氏の話をしているようだ。

　夜、マンションに男がやって来る。それは歓迎だが、なかなか帰ってくれない。一人の女がボヤキ気味に話している。連れの女性もうなずいている気配だ。

　ぼくは飲みながらちょっと考えてみた。

　彼氏に早く帰ってほしいと思う女の気持ちってどういうのだろう。早く寝ないと、翌日の仕事にさしつかえる。そういうことはあるだろうが、ぼくが思ったのは１人暮らしの生活リズムとの関係だ。

　いくら彼氏でもずっと一緒だと疲れる。いつもの気楽な時間がふとほしくなる。そんなところだろうか。

　その夜、布団の中でエッセー集を読んだ。女性のエッセイストが結婚したいが、でも……といった話を書いていた。

　好きな彼でも帰ってくれると、ほっとしたりしない？という友人の問いに、うなずいている自分の内面を描き出す。要は一人の生活をあきらめきれない心情を吐露しているわけだ。

　女心の微妙なところはともかく、一人になるとほっとするという気持ちはぼくにもわかる。そう思った続きで定年夫婦のことが頭をよぎった。

　一般に亭主が定年を迎えるころの奥さんは、気楽な生活を楽しんでいる。そこへ定年亭主である。こちらは「早く帰ってほしい」なんて言える相手ではない。

　同窓会で聞いた女性陣の会話を思い出す。

「いつも家にいるのよ」

「そう、うちも一緒」

「私が出掛けようとすると」

「どこへ行くの？いつ帰る？って言うんでしょ？」

「そうそう」

「顔を突き合わせている時間って大変」

　彼女たちの多くが定年亭主を持て余している印象だった。

　定年夫婦「３カ月限界説」もある。１人暮らしの寂しさより、気持ちがうまく寄り添えない夫婦それぞれの孤独感のほうが深いという話も聞く。

　定年を迎える男性のみなさん、奥さんを煩わせることなく、楽しく暮らせる手立てをお持ちですか。（専門編集委員）

毎日新聞　2006年6月14日　13時05分