■メーカーと共同開発、1年で倍増3500品
インターネット通販大手のアマゾン・ドット・コムは商圏開拓に動き始めた。日本法人が国内の食品・日用品メーカーと連携し、日本酒や炭酸水、コメなど限定品を増やし、この1年で商品数は2倍の3500品目まで拡大した。膨大な顧客情報を生かした「メード・イン・アマゾン」を武器に日常消費を取り込む構えだが、生活圏でのアマゾンのシェアはどこまで高まるだろうか。
自宅で「ウィルキンソン タンサン クリアジンジャ」を飲む鈴木亜希子さん(中)(東京都世田谷区)
1月、東京都世田谷区に住む鈴木亜希子さん(39)はアマゾンのサイトで、お薦め商品として表示された炭酸水に目がとまった。もともと炭酸水を普段から定期的に購入しているが、緑色のラベルが張られたこの商品を見たのは初めてだった。すぐに商品をカートに入れた。
この商品は「ウィルキンソン タンサン クリアジンジャ」で、ジンジャー風味の炭酸水だ。昨年12月にアサヒ飲料がアマゾン限定で発売した。アサヒ飲料のウィルキンソンはスーパーなどの店頭で扱うのはプレーンとレモン風味の2種類のみ。ジンジャー風味はアマゾン以外では購入することはできない。
「新商品をつくりましょう」。アサヒは昨春、アマゾンからそんな提案を受けた。アマゾンでのウィルキンソンの売上高が前年比2割増と好調で、アサヒは開発の対象としてウィルキンソンを選んだ。アサヒの広域営業部の青木修一担当部長は「ネットなら新たな商品を育てられる」と話す。
メーカーの新商品は通常、スーパーやコンビニエンスストアなどが主な販路。ただ、商品を置く棚には物理的に限界がある。実際、定番品と派生品を一緒に並べるのは難しい。とりわけプライベートブランド(PB=自主企画)商品を増やすコンビニでの棚確保は年々厳しくなり、並べてもどちらかが売り上げをとってしまう問題もある。
一方、ネットでは小売りなどの販路と異なり莫大な販促費を投じずに、少しずつ消費者に浸透を促していける可能性がある。「ネットはヒット商品を違うアプローチで育てられる可能性がある」(青木担当部長)。棚の限界のないネットを“実験場”とする試みだ。
2月中旬、カゴメの家庭用営業三部の佐々木基隆課長らは東京・目黒のアマゾン本社を訪れた。すでに2013年9月に発売した栄養成分を高めたトマト飲料「プレミアムレッド」がヒット。「2匹目のどじょう」ともいえる新商品の開発に乗り出した。
成功した第1弾のプレミアムレッドは完熟トマトを4.5個使い、通常のトマトジュースよりもリコピンの含有量と糖度が2倍高い商品。アマゾンで「リコピン」や「糖度」というキーワードの検索が多かったことが開発のきっかけだ。
ただ、開発の過程で両社の意見は対立した。従来、メーカーは売り場で目立つようなラベルや商品名にしたいが、アマゾンはネットでの見栄えを重視したシンプルなデザインを主張した。
最終的には、ラベルは売り場の棚に並べる通常の商品ではあり得ない黒色の横向きのデザインを採用した。ネットでは商品説明も画面上に用意するため商品には最小限にとどめた。
■小売り、顧客奪われる危機感強く
「小売りのPB(プライベートブランド=自主企画)商品とは異なり、斬新な高級感が新しい客層の取り込みにつながった」(佐々木課長)。1缶(160グラム)140円と通常のトマトジュースよりは高いが、14年の年間売上高はアマゾンで販売するカゴメの商品のトップ10に入る。
2月中旬、アマゾン限定の新酒が顧客のもとに届いた。月桂冠がつくった純米大吟醸原酒の「京三昧」だ。京都の水と幻の酒米といわれる「祝(いわい)」を使って醸造した。昨秋に予約を受け付け、受注に応じて生産する商品で、アマゾンでは珍しい取り組みだ。
ネットのアマゾンと組んだのは老舗だけではない。クラフトビール大手のヤッホーブルーイング(長野県軽井沢町)も昨年12月、アマゾン限定のクラフトビール「月面画報」を投入した。アマゾンの利用者を想定し、書籍やDVDなどを購入する40代の男性に照準を合わせたのが特徴だ。
メーカーがアマゾンとの連携に動くなかで危機感を強めるのが既存の主力販路である小売りだ。アマゾンの限定商品を開発した、あるメーカーは「なぜうちの限定商品はつくらずにアマゾンをやるんだ」などと抗議を受けた。
独自商品でネットに顧客を奪われかねない恐れもあり、「小売りとしては面白くはないだろう」(飲料メーカー)との見方もある。それでもアマゾンが販路として存在感を増す流れは無視できない。どこまで関係を深めるべきか。メーカーにとって「賭け」だ。