傷ついた弦楽器が息を吹き返す工房が、札幌市中央区のマンション一室にある。かつての「患者」には岩手県大船渡市で東日本大震災の津波にのまれ、主を失ったチェロもある。板を接ぎ、音の響きを決める部品「魂柱」の位置を調整。楽器に再び命を吹き込む。
工房の名は「長町バイオリン工房」。弦楽器の作り手である長町朋行さん(78)は、求められれば修理もする、この道50年を超えるベテランだ。
工房内には札幌交響楽団のメンバーらから持ち込まれたコントラバスやチェロが並ぶ。道内で開催される国際音楽祭「パシフィック・ミュージック・フェスティバル(PMF)」での楽器故障に対応したこともある。
「指板」と呼ばれる、指で弦を押さえる板のすり減り、使い込んだことによる微妙な色合いの変化から、持ち主の使用頻度や制作年数を見抜く。修理箇所や分解方法、使う修理材を見極めるためには欠かせない眼力だ。
本州から北海道に運ばれた場合など、湿度の急激な変化で楽器の木材が収縮し、最悪の場合は割れることも。長町さんは「楽器は正直。使う土地で調整しなければいい音は鳴りません」と話す。
札響の元首席チェロ奏者、土田英順さん(78)によると、大船渡のチェロは70代女性の持ち物だった。女性は津波に襲われた自宅で亡くなり、チェロは友人が土田さんに委ね、2012年10月ごろ工房に運ばれた。
とても演奏できる状態ではなかったが、約3週間の修理で復活した。土田さんは今、このチェロを抱え、北海道の各地で東日本大震災の被災者を支援するチャリティーコンサートを開いている。
土田さんが教えてくれた。「不思議なことなのですが、このチェロで演奏すると涙を流す人が多い。亡くなった方の思いが伝わるのでしょうね」
長町さんが工房を開いたのは「人々の感情を刺激する弦楽器の音を作りたかったから」。工房で息を吹き返したチェロの音色が、聞く人々の感情を刺激した。
〔共同〕