今年最初の3カ月間で、迫害を受ける少数民族のイスラム教徒ロヒンギャ族を中心に約2万5000人が、より良い暮らしを求めてベンガル湾からボートで出発した。しかしこれらの人々を待ち受けていたのは、無慈悲な仲介業者や思いやりに欠けた政府による恐るべき対応だった。
国連によると、少なくとも300人が「飢え、脱水、暴行」により死亡した。現時点で6000~2万人の難民が、ある人権活動家が吐き気を催させるような「人間卓球」の試合になぞらえたように、タイ、マレーシア、インドネシアから受け入れを拒否されて洋上を漂流している。状況は絶望的だ。なんらかの対応を取らなければ、数十人、あるいは数百人もの人命が奪われる可能性がある。
タイ海軍に追い戻される、ロヒンギャ族の難民を乗せた船(16日、タイ近海)=ロイター
この悲劇は3つの要素に起因する。マレーシアを目指すボート難民の多くは、ラカイン州西部やバングラデシュの難民収容所にいた人々だ。ロヒンギャ族の多くは何代にもわたってミャンマーに住んでおり、事実上、国籍がない。皮肉なことに、ミャンマーの軍事政権が終わりを迎え、多数を占める仏教徒の間で反ロヒンギャ族の感情が強まった。拒絶の意をこめて「ベンガリ(ベンガル人)」と呼ばれることもあるロヒンギャ族のことを、多くの人々が異質な宗教を信じる外国からの侵入者で、子供が多い傾向があると考えている。2012年には、少なくとも170人のロヒンギャ族が暴徒によって殺害され、約14万人が食糧事情の悪い収容所に追いやられた。希望が失われ、逃げ出したいとの気持ちが高まっている。
■上陸させない隣国
第2の要素は、人身売買組織の存在だ。タイでは、多くの難民が「解放のための身代金」を要求される難民収容所に入れられる。身代金が払えない者は、暴行や性的暴行を受けたり、食べ物を与えられずに餓死したりする。ある収容所で集団墓地が見つかったことを受け、タイ当局は遅ればせながら取り締まりを行った。難民をタイに送り込めなくなった仲介業者は、難民船を洋上に送り出した。第3の要素は、こうした難民船がマレーシアやタイ、インドネシアに接岸しようとするとき発生する。この3カ国は、難民を追い返している。短期的には、差し迫った危険にさらされている人々に焦点を当てるべきだ。これらの国は、すぐさま救援活動に着手して難民を安全に上陸させなければならない。その上で、政治難民としての認定という長期的な解決まで、支援組織がこれらの人々の差し迫ったニーズに対処するのだ。
この集団脱出の恒久的な解決の糸口は、ミャンマーにしか存在しない。ロヒンギャ族は、(ミャンマーでの生活に)将来性を見いだせないことから集団で脱出した。おそらくこれが重要な点だ。当局は、状況が悪ければロヒンギャ族はただ出国してくれるだろうと期待しているのかも知れない。ある組織は、この戦略を「穏やかな排除」と呼ぶ。ミャンマーの政治指導者はこの方針を転換すべきだ。当局は、3月末に一時的な身分証明カードの期限が切れていっそう不安定になったロヒンギャ族の地位をはっきりと規定すべきだ。その大部分に完全な市民権を与えるのが理想的だ。それまでの間は、自由に移動できるよう居住証明カードを発行してもいいだろう。生計を立て、子供を学校に通わせることができれば、結果として、ロヒンギャ族はミャンマーでの生活に将来性を見いだせるだろう。
国際社会にもできることがある。少数民族を迫害すれば必ず罰を受けるということをミャンマー人に分からせるべきだ。ミャンマーに対する既存の制裁について、廃止時期を見直したり廃止を撤回したりして代償を払わせるべきだ。東南アジア諸国連合(ASEAN)の加盟国が果たすことのできる役割はとりわけ大きい。そもそも、ミャンマーが軍事的な孤立主義から徐々に抜け出せたのは、ASEANの懐柔策のおかげだ。ムスリム人口が大半を占めるマレーシアやインドネシアには、ロヒンギャ族を迫害する政策が許されるものではないとミャンマーを説得する特別な責務がある。公認の迫害が終わったときにだけ、この悲劇から何か良いものがもたらされるだろう。
(2015年5月18日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
(c) The Financial Times Limited 2015. All Rights Reserved. The Nikkei Inc. is solely responsible for providing this translated content and The Financial Times Limited does not accept any liability for the accuracy or quality of the translation.