長谷川伸(1884~1963)。62年夏、都内の自宅で
■文豪の朗読
《長谷川伸が読む「一本刀土俵入」 朝吹真理子が聴く》
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「それでは、はじめます」と、長谷川伸が朗読の開始を告げるところからはじまる。『一本刀土俵入』は歌舞伎でみたことがあった。親子の情や忠義とは違う、風に吹き寄せられてたまたま仲良くなった友愛のようなものが茂兵衛とお蔦(つた)のあいだには流れていて、忠義よりそういう吹き寄せられたような偶然の縁の方が人と人を強く結びつけるものだと思った。初演は、駒形茂兵衛を六代目菊五郎が演じた。六代目の演技は、登場しただけで、ひもじいおもいをしている取的(番付が最下位の相撲とり)だと観客がすぐにわかる。ほかのヘタな役者だと腹痛の取的になってしまう、と長谷川は録音後記で語っている。私がみたときは、茂兵衛を十八代目勘三郎、蔦を福助が演じていた。お蔦さんは酒やけしたようなだみ声でいかにも場末な感じで、茂兵衛は、子供のような、ついかまいたくなってしまうすがたをしていた。
長谷川の声は、肉厚で、喉(の…