土砂が流れ込んだ自宅の前で座り込む馬立恵喜さん=6日、岩手県岩泉町、三浦淳撮影
台風10号の上陸から10日目となる8日、岩手県岩泉町で新たに3人の死亡が確認された。その一人、馬立(まだち)保治(やすじ)さん(78)の妻恵喜(えき)さん(69)は、息子からの電話に「見つかってよかった」と話したという。
夫婦は8月30日夕、家の近くの牛舎に向かう途中で濁流にのまれた。手を握ったまま流され、それぞれ近くの木をつかんで止まった。再び流されそうな夫を見た恵喜さんは、とっさに首に巻いていたタオルで保治さんの左手と近くの木を結び、叫んだという。
「流されるから! 動いたらだめ!」
だが、濁流に乗って流れてくる牧草ロールが、つぎつぎと保治さんにぶつかった。初めのうちは手で払いのけていたが、何個目かのロールがぶつかったとき、タオルがほどけ、保治さんの姿は濁流に消えた。
それから10日目、町内で見つかった遺体が保治さんと確認された。この間、弟の家で眠れない夜を過ごし、物音のたびに夫が帰ってきたと思う日々だった。
結婚して50年になる。保治さんは孫の成長を楽しみにしていた。一人は来年、高校受験だ。「牛を売って入学祝いにする。これが最後の仕事だ」。保治さんはそう言っていたという。
恵喜さんは8日、電話をかけてきた三男の純さん(43)に「見つかってよかった、よかった」と繰り返し、「布団に行くから」と電話を切ったという。
純さんは「遺体が見つかっただけでも、お墓に入れてあげられてありがたい。眠れなかった母も悔しいだろうけど、安心して気が抜けたんだと思う」と気遣った。(三浦淳)