セルフサービスで壁に並ぶ箱から食事を取り出す杭州市内の無人レストラン。支払いはスマホで済ます=2日、福田直之撮影
安い労働力を売りに「世界の工場」と言われた中国は、今やイノベーション(技術革新)で世界の最前線の様相を見せる。背景には技術者や起業家の奮闘に加え、独自の政治環境もある。異形の発展を遂げる中国式「創新(イノベーション)」は世界に広がるのか。
上海市中心部から車で20分ほど走った住宅街にある「百安居(バイアンチュイ)」は一見、日本の郊外でも見かけるような普通のホームセンターだ。
だが、買い物の仕方は随分と違う。2017年に改装した同店は「顔認証」技術を使い、客が手ぶらで来て、手ぶらで帰れるシステムを導入した。
お店に入った客はまず、自分の顔を端末に読み取らせる。欲しいものが見つかれば、店内のあちこちにある端末に再び自分の顔を読み取らせる。画面上に現れるリストから目当ての商品を選び、画面上の仮想買い物かごに入れていく。
最後に出口近くにある端末にもう一度顔を読み取らせ、売り場で選んだ商品の合計額が表示されれば、あとは中国で5億人が利用するキャッシュレス決済「支付宝(アリペイ)」で支払うだけだ。言わば顧客の顔が財布や買い物かご代わり。市内なら商品も配達してくれる。
アリペイは中国IT大手・阿里巴巴集団(アリババグループ)の関連会社が手掛けるサービスだ。お店や友人など相手のコードをスマートフォンで読み取るだけで、銀行口座からお金を支払える手軽さが受けて普及した。「顔認証」が広がれば、決済にスマホすらいらなくなる時代も近づく。
イノベーションは、中国社会と人々の生活を激変させた。都市には無人コンビニや無人レストランなどが出現。物流にドローンを活用する会社もある。自動運転などにつながる人工知能(AI)の研究も活発だ。
発展の裏には、世界第2の経済大国でありながら、発展途上でもあるという中国の特殊な土壌がある。
中国には100元(約1670円)以上の高額紙幣がなく、汚れも目立つ現金の「不人気」がアリペイの普及に拍車をかけた。即席麺の需要を押し下げたとまで言われるネット出前は、地方出身の安い労働力抜きには成り立たない。GPSを使った乗り捨て型の自転車レンタルサービスは、放置自転車の規制がないことで爆発的に広まった。
個人の「信用」もポイント化
「我々は計画経済を定義し直す」。17年5月、貴州省で講演したアリババの馬雲(ジャック・マー)会長はそう言い切った。
かつての社会主義経済の話ではない。膨大な消費者データを分析すれば何が、いつ、誰に売れるか予測がつくという意味だ。人口約14億人の中国には、「情報社会のオイル」と言われるデータが豊富にある。
四川省成都市の旅行ガイド、符堅さん(27)が最近気にしているものがある。自分がどれだけ信用に値するかを数値化するサービス「芝麻(チーマー)(ゴマ)信用」で与えられる点数だ。
点数が高ければ、ホテルの宿泊や自転車の共有サービスで保証金は不要になる。クレジットサービスの限度額も上がる。シンガポールなどのビザ申請の資料にすることもできる。
芝麻信用はアリババの関連会社、アント・フィナンシャル・サービスが15年1月に始めた事業だ。
「返済を延滞したことはないか」「資産状況」「学歴」「信用できる人との交際」まで、ありとあらゆる情報を集めポイント化する。
アントの広報担当者は「保証金のような仕組みは不要になる。みんな信頼を失わないように心がけるので、人間の質を高める効果もある」と意気軒高だ。
芝麻信用の点数を上げるには、アントに多くの個人情報を提供する必要がある。抵抗もありそうだが、中国でそうした議論は広がらない。符さんも「どうせ個人情報なんて次々と人の手を渡っていってしまうものでしょう」と割り切る。
背景には、共産党の一党支配が続く中国特有の「文化」もある。中国には国民一人ひとりの経歴や賞罰などを記録し、行政が管理する「人事タンアン」の制度があり、「個人情報は誰かに見られているものだ」という意識がもともと強い。
集められる情報は、企業に蓄積されるだけとは限らない。芝麻信用などは政府が設立した金融協会と個人信用情報を共有する枠組みを立ち上げた。
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