旧ユーゴスラビアの小国マケドニアが9月30日、国名を「北マケドニア」に改め、北大西洋条約機構(NATO)と欧州連合(EU)に入ることの是非を問う国民投票を実施した。だが、投票率は3割台と低迷。幅広い国民の合意を得て、隣国ギリシャとの歴史問題を解決する試みは、つまずいた。
マケドニア改め…北マケドニアに 隣のギリシャと合意
「EU、NATO入り以外に道はない」。マケドニアのザエフ首相は投票終了後、首都スコピエで記者会見し、繰り返し訴えた。
国民投票の結果は、国名変更などの「支持」が91%超を占めたが、投票率は37%。投票結果に法的拘束力はないが、憲法上有効な意見表明となる50%を下回った。反対派の多くが棄権に回ったほか、有権者約180万人のうち40万~60万人が出稼ぎなどで国外にいるとの見方もあり、人口流出も響いたとみられる。
それでもザエフ氏は、国会の3分の2の賛成が条件となる憲法改正を目指し、達成できなければ、総選挙を前倒しして実施するとした。
ギリシャへの譲歩に批判も
「マケドニア」の由来はアレクサンドロス大王で知られる古代のマケドニア王国だ。その地域は現在のマケドニアやギリシャ北部に及ぶ。このため、ギリシャは自国の歴史の一部である「マケドニア」を国名に使うことに反対し、マケドニアのNATOやEUへの加盟を阻んできた。
ザエフ政権は昨年の発足以降、状況を打開しようとギリシャとの関係改善を進め、今年6月に「北マケドニア」に国名を変えることなどでギリシャと合意。両国内で履行に向けた手続きが済めば、直ちにNATOに加盟でき、EUとは加盟交渉開始の環境が整う。
ただ、憲法改正まで必要な国名変更をするなど、マケドニアが大きく譲った形だ。マケドニア内には「あまりにも非対称な外交」との批判の一方、「小国が生き残るためには仕方がない」との声もある。
成果を焦り、裏目に
ギリシャでも「マケドニア」が国名に残ることへの感情的な反発は根強い。来秋にはギリシャで総選挙が予定され、選挙が近づくにつれ、ギリシャ国会での批准手続きも難しくなる。
このため、ザエフ氏は合意にこぎ着けた勢いで、双方での履行の手続きを急ごうとした。だがその分、時間をかけて国民を議論に巻き込めなかった印象は否めない。6月の調印式の際、19ページもの合意文書が登場したことは国民を驚かせた。中道右派の前政権に近いイバノフ大統領が合意に反対し、ボイコットを表明する事態になった。
与党には現在、国民の約4分の1を占める少数派アルバニア系もいる。合意をめぐる議論が二極化すると、国内の右派とのあつれきが強まる懸念がある。合意に反対してきた知識人グループの大学教授ビリャナ・バンコフスカ氏(59)は言う。「合意はパンドラの箱を開け、民族対立に火をつける恐れがある」
警戒強めるロシア
米国との同盟による安全保障強化とEU入りによる経済発展を志向するザエフ政権には、EUと米国が後ろ盾となってきた。
今回の国民投票の前、ドイツのメルケル首相やラスムセンNATO前事務総長、マティス米国防長官らが相次いでマケドニア入りし、親EU・親米路線を鮮明にするザエフ政権の路線を支える立場を表明。国民へギリシャとの合意を支持するようアピールした。一方、ロシアはこの地域でのNATO拡大に反対し、各国の西欧への接近を警戒する。
EUは今年、ロシアや中国の影響力を抑えようと、この地域での新たな拡大戦略を打ち出した。今回の低投票率を受け、来年予定するマケドニアとの加盟交渉入りが遠のけば、求心力を確保したいEUにとっても痛手となりそうだ。(スコピエ=吉武祐)