かつて認知症の人や家族の多くは、根強い偏見のなか、地域で孤立していました。しかし時代は変わり、本人が自らメッセージを発信し、住民や企業・行政が手を携えて一緒に暮らしていく地域をつくる動きが確実に広がっています。そんな現場の取り組みや声から、「認知症と共に生きるまち」の未来を皆さんと考えます。
【アンケート】認知症、あなたなら?
安心できる暮らし 探る 当事者と先駆者 東京・町田で「サミット」
認知症の人や家族が安心して暮らせる地域であるためには、何が必要なのか。当事者だけでなく、様々な分野の先駆者が集まって話し合うユニークな催し「まちだDサミット」が先月、東京都町田市で開かれました。
Dは認知症を意味する英語「Dementia」の頭文字。「認知症にやさしいまち」のイメージを具体的に持ってもらおうと、市が初めて企画しました。
「しごと」「交通」「金融」など具体的なテーマを設定した九つの分科会では、駅長、コーヒー店マネジャーら約30人が取り組みを語り、意見を交わしました。
「金融」の分科会では地元の郵便局長の杉山勲さんが、頻繁に通帳の再発行を求めるなど認知症が疑われる場合に職員が対応できるよう、市内34局の職員全員が認知症サポーター養成講座の受講を目指していると話しました。すでに約180人が受講、わかりやすい言葉で説明するなどの工夫で困り事の頻度が減ったそうです。「交通」の分科会では、職員が認知症の人を見守る英国のバスターミナルや、認知症の人の体験を聞く会を踏まえ電車のホームで「駅カフェ」を開くなど外出を楽しんでもらう京都市左京区の取り組みなどの先進例が紹介されました。
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認知症の人が、それぞれに考える「やさしいまち」を語る時間も。「『こんにちは』『天気いいね』、そんな声がけがあると安心。自分からも言ってます。当事者が笑顔でないと」と伊藤春雄さん(80)。神矢努さん(66)は「本人の集いなど、行ける場があるのはいいね。一緒にお酒を飲むとか、楽しく過ごせると幸せだなあって思う」。そのほか、外出先で道がわからない時に気を使わず聞けるといい、仕事をしたい、ダイビングを始めた……。地域での日常生活から紡ぎ出される言葉に、約400人が耳を傾けました。
町田市は、2015年から本格的に「認知症にやさしいまちづくり」に取り組み始めました。医療・介護の専門職が支援する体制づくりや、認知症サポーター養成講座などを開始。翌年からは、市内のスターバックスコーヒーで認知症の人や家族らが交流する「Dカフェ」を開いています。幅広い世代が訪れる店を会場にすることで、より当事者が社会とつながりを持ちやすくし、地域住民にも関心を持ってもらうのが狙いです。昨秋からは市内8店舗に広げ、年1度から月1度に。看板を見て飛び入り参加するお客さんもいるといい、16~17年度の参加者は延べ600人超に上りました。
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また「認知症にやさしい」というイメージが人によってバラバラにならないようにしようと、当事者や様々な分野の人の意見を聞き、16の文章からなる「まちだアイ・ステートメント」を昨春つくりました。「私は、しごとや地域の活動を通じてやりたいことにチャレンジし、地域や社会に貢献している」など、認知症の当事者の視点で、まちのあるべき姿を表したのが特徴です。Dサミットは、この目標を知ってもらう活動の一環で開かれました。市の担当者は「認知症を自分のこととして考え、行動できる地域づくりを続けたい」と話しています。(森本美紀)
本人・家族ら テレビ会議で交流
認知症フレンドリージャパン・イニシアチブ(DFJI)は、Zoomというインターネットのテレビ会議システムを使い、本人や家族らの新たな交流を始めています。「DFJI-Zoomカフェ」です。
今月4日夜、週1回の定例会に記者も参加しました。東北から九州まで全国からアクセスがあり、続々と画面に顔が表示されます。参加者は20人、うち3人は認知症の本人です。
このカフェの良さは? みなさんに聞いてみました。39歳でアルツハイマー型認知症と診断された丹野智文さんは「顔が見える安心感」をあげ、「みんな友達。オーストラリアやカナダなど世界の当事者ともZoomで交流しています」と言います。若年認知症の夫を支える女性は「ここで初めて同じ境遇の人に出会えた。すごく心強い場所」と「居心地のよさ」をあげます。末期がんの母を介護するベッド脇から参加していたという女性は「介護うつになりかけていたが、『カフェ』がいやしでした」と振り返ります。進んだ取り組みの知恵を支援者らが共有したり、イベントの打ち合わせに使ったりもしているそうです。
2017年8月に始めたテレビ会議はすでに240回超。延べ約1300人が参加。「店主」を務めるDFJIの岡田誠さんは「『カフェ』では立場の垣根が消え、コミュニケーションの土俵が変わる。一般企業より認知症関係者がテレビ会議を活用する状況をつくれたら面白いですよね」と話します。DFJIのウェブサイト(
http://www.dementia-friendly-japan.jp/
)に案内があります。(編集委員・清川卓史)
「常識の殻 破ろう」希望宣言
誰もが希望を持って暮らせる社会に――。先月、そんな「認知症とともに生きる希望宣言」が公表されました。まとめたのは、認知症の本人が主体となる団体の先駆け「日本認知症本人ワーキンググループ」。「自分自身がとらわれている常識の殻を破り、前を向いて生きていきます」「自分の力を活(い)かして、大切にしたい暮らしを続け、社会の一員として、楽しみながらチャレンジしていきます」など5項目を掲げています。
代表理事で、45歳でアルツハイマー病と診断された藤田和子さん(57)は「これは理想ではなく、私たちが体験してきた苦しみや悲しみの先に見いだした希望です。偏見が根強く声を上げられない人や、全国の自治体など様々な人に届け、よりよい社会を一緒につくる人の輪を広げたい」。窓口で宣言を紹介する自治体もあるそうです。公明党は9月に「認知症施策推進基本法」の骨子案を公表。同グループは、希望宣言を後押しする立法を期待しています。(森本美紀)
住民の理解と手助け不可欠
朝日新聞デジタルのアンケートに寄せられた声の一部を紹介します。
●「情報番組で『認知症予防』というキーワードが出てくるたび、認知症の人が何だか忌み嫌われ、その関係者が追い詰められないかと思えてなりません。(実母が認知症です)どんな病気でもかかりたくてかかりません。この病気も同じ、重大な過ちを犯したわけでもないのに忌み嫌わないでください。予防法や薬は大事とは思いますが、それ以上に認知症の人とのコミュニケーションの取り方を紹介してください。切に願います」(大阪府・40代女性)
●「認知症だって、風邪や骨折と同じ。恥ずかしいことでも悪いことでもない。当事者たちが、認知症のことをもっと発信していくのが良いと考える。サポート態勢やサービスがまだまだ積極的とは言えないのは、生の声の発信が足りないからだと思う」(茨城県・10代女性)
●「住んでいる地域、住民の理解、手助けが何よりと思います。変わらない環境で、人間の対応で、住み続けること、当たり前の社会でいてくれることが、変わらない環境が最も大切なのではないでしょうか。急によそよそしくなったり、会わなくなったり、ひそひそされたりしたくないですね」(愛知県・40代女性)
●「認知症と診断された時から、介護保険につながるまでの期間をサポートするシステムが必要。そうすることで、早期絶望をある程度防ぐことができる。認知症当事者の声に耳を傾ける機会を頻繁に設け、偏見をなくし、地域、包括、行政などから、認知症予防ではなく、『認知症になったら』というアプローチで、暮らしやすい社会のあり方を発信していく。認知症カフェの中でも、認知症のより深い理解、偏見に対して講演や講話を繰り返し行い、認知症に対する誤った理解を、少しずつ払拭(ふっしょく)していくことが大切」(東京都・60代女性)
●「小生81歳、妻79歳、子供なし。昨年12月、妻が認知症と診断され(4/7段階)、投薬治療中。短期記憶力の減退が顕著、運転免許の返上に一番苦労しました。診断を受けるとすぐに地域包括支援センターに届け出て相談するとともに、周辺の方々には正確に発症を伝え、併せてフェイスブックでも毎日発信しています。他の病気(大動脈閉鎖不全、重度の骨粗鬆症〈こつそしょうしょう〉)も抱え、要介護1、老々介護ですが、まだ保険は使わず自助努力中の毎日です」(千葉県・80代男性)
●「認知症にかぎらず、人は自己肯定感が高まれば前向きになると思います。訪問介護の現場にいるので、長く生きすぎた、死にたい、といわれる高齢の方に出会います。役割を奪われ、生きがいを感じることができなくなっているし、これまでの人生を肯定してくれる人もいない。でも、どの方も多少の差はあれ、困難を乗り越えてこられて豊かな社会経験をされ、様々な知識と知恵をお持ちになっている。それをお聞きすることはとても興味深い。そして、『頑張ってこられたんですね』というと、うれしそうにされます。『対話』する福祉が大切と思います。年を重ねることが楽しみとなるような社会となってほしい」(京都府・50代女性)
●「加齢とともに誰もがなり得る状態であり、予防や治療は現状出来ないものだという理解を前提に向き合う覚悟を国民がもつこと。そこをスタートとして、本当の意味の理解がうまれ、本当の意味の優しさがうまれると考える。向き合いたくないと予防を一生懸命やられている方ほど、認知症に対して偏見を持たれている方も一般的には少なくない。その方々の、『認知症にはなりたくない』という言葉や接し方のうみ出す空気感が生きづらさを作り出しているようにも思える。またメディアでも予防ではなく、現実と向き合い方に主軸を置いた情報を伝えるようにして頂きたい。サポーターよりパートナーを。社会に増やしましょう」(東京都・30代男性)
●「遠方で一人暮らしの義母が認知症になった。介護保険の要支援で、支援を受けていたため、ケアマネさんが、サポートの計画を進めてくださって、最初、週一回だった訪問介護が、認知症になった今は自己負担も含め1日3回、ヘルパーさんに来ていただいて、近所にも見守られ、暮らせている。家族は月1回帰るようにしているが、サポートが無ければやっていけない。とにかく、金銭敵なことを含め、サポートにつながるよう、一人暮らしも可能な支援をお願いしたい」(京都府・50代女性)
●「認知症を患っている私の母は『だんだんバカになる』『できないことが増えていく』『何にもやりたくない』と何か自分がやろうとしたことが思い通りにならないとこうした独り言をつぶやきます。自分にできないことの悔しさやもどかしさでイライラが募るようです。いくら『周りが手伝ってくれるから大丈夫だよ』と話しても自分自身の不安は消えないようです。それでも周りがこうした人たちを受け入れるやさしい気持ちであふれ『こんな自分がいても大丈夫』と当事者が思えるようになる社会を期待します」(愛知県・60代男性)
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アンケート「認知症、あなたなら?」を18日まで
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でも募集しています。