もしかしたら認知症かもしれない――。本人や家族がそう思ったら、病院に行き、医師に診断してもらいます。しかし、いまの医療では認知症を治すことは難しいとされています。では、認知症の人たちに対して、医療は何ができるのか。医師が果たす役割とは何なのでしょう。一線の取り組みを取材し、みなさんと考えます。
【アンケート】認知症、あなたなら?
薬より「伴走」患者ごとに
「薬の力で治してほしい」。認知症となった人や家族の多くが抱く願いです。しかし、いま使われている認知症の薬には効果に限界があります。そんな中、医療に対して何が期待できるのでしょうか。
「周囲に言いたいことが言えず、自分で自分を責めてしまって」
「こころの不調には気候の急な変化も関係します。あなたが悪いわけではありませんよ」
大阪市の認知症専門クリニック、松本診療所。ピンクの長袖ポロシャツを着た院長で精神科医の松本一生(いっしょう)さんが、外来で訪れる患者にゆったりと話しかけます。
1人につき約15分、およそ1カ月に1度の面接で松本さんが重視するのは、認知症によって低下した機能をみつつ、しっかり残っているところを見つけて、「あなたの本質は変わっていません」というふうに伝えることだそうです。患者の不安に寄り添うのが目的です。
対話を重ねるうち、たとえ時間がかかったとしても気持ちが徐々に落ち着いていくことが多いそうです。こうした「精神療法的面接」ができた人では、認知機能の低下も抑えられやすいといいます。一方で、なるべく薬には頼りません。「たとえ治らなくても、本人が病気と向き合えるよう『伴走』するのが私の役割」と松本さんは話します。
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効果は40人に1人
いま、認知症の中で最も多いアルツハイマー病の治療に使われる代表的な薬は、アリセプトなどの「コリンエステラーゼ阻害薬」です。認知機能が落ちるのを抑える目的の薬ですが、複数の研究を解析した結果では、平均的な効果は「実感できるほどのものではない」ことが示されています。
効くかどうかは個人により差があるものの、「よく効いたと判断できるのは40人に1人くらい。ほとんどの人にとっては意味がありません」と、兵庫県立ひょうごこころの医療センターの小田陽彦(はるひこ)・認知症疾患医療センター長はいいます。
アリセプトに続いて登場した三つの抗認知症薬は、日本の治験で十分な効果が確認されませんでした。でも「海外では使われ、アリセプトだけでは治療薬の選択肢が限られてしまう」といった理由で承認された経緯があります。これら4種類の抗認知症薬は、今年8月にフランスが公的保険の対象から外しました。副作用がある割に効果が弱いというのが理由です。
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検査せず 安易な処方
抗認知症薬を使うなら、対象のアルツハイマー病などであることを見極めるのが前提になります。ところがそのための事前の検査が十分になされていないという実態も今年、医療経済研究機構などの調査で明らかになり、「薬が安易に処方されているのでは」という指摘が出ました。
また、本来は一緒に使うべきではない同種類の抗認知症薬が、一部で併用されているケースがあることもわかっています。
医療の多くは、薬や手術を通して患者の病気を「治す」ことを目的にしています。でも、多くの認知症は今の医療技術では治癒させることができません。
英国の施設で長く認知症ケアに携わる精神科医のヒューゴ・デ・ウァールさんは「認知症は複雑な病気。レシピに沿って対応するように『この診断ならこの薬を出せばいい』というわけにはいかない。本人をよくみて、その人にどんなケアが求められているのか、個人ごとに見つける必要がある」と話します。(編集委員・田村建二)
超高齢者には「脱医療化」も考えて 東京都立松沢病院院長 斎藤正彦さん
医療者の間で、「認知症の患者は自分が認知症であることを認識していない」という説があります。それは誤りで、傲慢(ごうまん)な発想です。
それまで当たり前にできていた料理がうまくつくれない、なぜいま自分がここにいるのかわからない――。そんなとき、だれよりも不安や恐怖を感じているのは患者さんご本人です。そしてそのつらさは、体験している本人しかわからない。そのことを理解していない医療者に、まともな認知症のケアなどできません。
いまの抗認知症薬は、脳の一部の機能を一時的に元気にしているに過ぎません。そんな中、医師の重要な役割はご本人の不安と向き合うことです。取りのぞけなくても、不安をわかろうと努力していることを伝える。そのために、家族ではなくご本人に直接、何か困っていることがないかを聞くようにしています。そうして長く付き合ううち、「あの医者と話すと楽になる」と思ってもらえたらいい。
50代など、比較的若いうちに発症するタイプに関しては、治療のための研究をさらに進める必要があります。しかし、90歳を超え、認知機能が下がったといっても正常な老化とほとんど変わらない人にも抗認知症薬がたくさん処方され、疑問を感じます。そんな人には経過を注意しつつ、すぐには薬を出しません。超高齢の方には余計な医療で負担をかけない「脱医療化」も考えるべきです。
認知症が疑われたら、治療が可能な別の病気と見分けるためにもまずは早めに専門医を受診してほしい。そうすれば、もしも肺炎などの重い病気にかかったとき、専門医がかかわる病院で認知症に配慮した治療を受けやすくなります。
朝日新聞デジタルのアンケートに寄せられた声の一部を紹介します。
●「母が認知症ですが病院での検査は拒否。『自分のことは自分が一番分かっている』が口癖です。昨年夫婦部屋のあるサービス付き高齢者住宅に入所しましたが半年足らずで父が死亡し母を独り部屋に移動しました。元々のこだわりの強さに拍車がかかり、日常生活もちぐはぐになってますが本人は自分はしっかりしていると当方の話に聞く耳持たず。介護保険の認定調査では動作が主体で認知症は重視されていないと思います。また調査の際はすこぶる元気な様子をみせ、普段出来ないという足あげなどもしてみせるのです。認知症が進めば施設での料金は加算されますが介護度が軽いので特養には入所出来ません。私の負担だけが増えていきます」(宮城県・60代女性)
●「医者の対応にとても怒りを感じました。お医者さんは、同じような患者を何人もみているからか、とても冷たく、いずれ、何もできなくなり、家族で面倒が見られなく施設にいれることになると。頑固で、態度の悪い父親に対して、家族に向かって初対面で放ったことばでした。今、父は多少ボケはありますが、元気にしています」(奈良県・50代女性)
●「夫が56歳で軽度認知障害と診断され60歳ごろにアルツハイマー型に。当初息子3人は未成年。三男はまだ小学生で経済的不安が大きかった。自宅ローンと進学費用で貯金と退職金は底をついた。私も慢性的病があり、無理して働けず今後の生活費が心配。医師や支援者に症状やその対応の仕方を相談出来ても、経済的なことは相談しにくいし出来ない。若年性認知症について理解と支援をお願いしたい」(神奈川県・50代女性)
●「私の亡父は認知症でした。本人は自分から車の運転をやめました。炊飯器の操作や、お風呂の沸かし方などが分からなくなり、卵の場所が食器棚と思い、見つからないと言っていたこともありました。家の中では、そんな父を受け入れられない家族が父につらくあたることもありました。ささいなことでも、以前とはやっぱり違うんだと絶望を感じ、家族だからこそ、逆にひどいことを言ってしまうこともありました。家族だから、本人を支えるべきというのは、理想に過ぎないと思います。身近な相手故に、許せないと感じてしまうこともあるからです。今、認知症予防という言葉をよく聞きます。私は認知症になっても大丈夫な社会をつくる方がよいと思います」(福岡県・10代女性)
●「まだはっきり認知症とまではいかないものの、母(78)のもの忘れがかなり増えてきて見ていて心配になります。忘れぬようこまめにメモを残したりしてるようですがそのメモをなくしたりどこかに忘れたりして、友達との約束も当日うっかり忘れてたということが増えました。父は昔から母に強く当たる人で『なんで覚えてないのか』『ついにボケたか』と平気で口にするので母が余計不安になって悪化しないかも心配です。経済上もうちは借家で私も独身で収入が不安定な派遣社員で貯金もなく、父(77)もどうなるかわかりませんしこの先もし悪化したら診察代入院代など生活に余裕がないためどうすればいいのかと将来不安しかありません」(東京都・40代女性)
●「本人や他の家族が認めない、受け入れられない場合があり、通院や服薬に困っています。今後の通院や服薬管理、介護保険の利用等、近くに本人の病状を理解してくれる人が私以外にいると助かると思いますが、他の兄弟は県内にはいないので何かの時にはどうしたらいいのかわかりません」(茨城県・20代女性)
●「認知症と診断されたときに、自分自身であっても近しい人であっても、一人で対応するのではなく信頼できる相談先があってほしいと思います。医療機関からまずは情報などが得られて、制度のことや家族の会や相談先もあるよ、というようなことを知らせていただければとても安心だと思います。暗闇に放り出すようなことだけはないように、制度の充実と理解が深まることが認知症の人や介護する人も支えになると思います」(大阪府・50代女性)
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